が、急に顔を手で覆った。
「はるか?」
「なんで……」
 声が小さくてよく聞こえない。
「なんで死んじゃやなの……」
 呟きは、拓巳の耳に届かなかった。

 午後四時半。地震が起きた。
 お台場近くも震度5強の揺れを観測したが、建物や人的被害はなさそうだ。ただ土砂崩れや潮位の変化による海水面の上昇の可能性が否定できないので、海沿い、川沿いは広範囲に立ち入り禁止になっているらしい。
 スマホで動画を見ながら、拓巳は肩を落とした。
「けど、本当に何もなくなってるな、お台場。地震のちょっと前は仕事の関係でよく……」
 拓巳はそこで言葉を切った。
 そうだ。
 よく行っていたのだ。お台場には。電車だったり車だったりしたが。
 なんで今まで忘れていた?
 たいしたことではない。そう言われればそうなのだが、何かが引っ掛かった。

 チェックインの前に外で夕飯を食べた。
 まだ夕方の六時過ぎだが、外は薄暗かった。秋風が心地よい季節になっている。
「宇都宮も楽しみです」
 店から駐車場までの間、街灯の下を歩きながらはるかが弾んだ声を上げた。
「それは良かったな」
 拓巳も新生活に向けて心が浮かれ始めていた。
 今朝まで住んでいた場所のことや、お台場が気になることはとりあえず忘れよう。過ぎたことを気にしていたら今のご時世精神がもたない。
 しばらく隣で無言で歩いていたはるかがぽそりと呟いた。
「あたしも、宇都宮行ったら住む場所みつけなきゃー」
「ん?」
 拓巳は聞きとがめた。その言葉に違和感を覚えた。
 まるで、拓巳とは一緒にいないような。
 拓巳は首を傾げながらも続けた。
「そうだな。一緒にどんな場所がいいか探そう」
 すると、はるかはこちらを振り向いて寂しそうに笑った。
「ーー宇都宮に着いたら、さよならです」
 息が止まりそうになった。