そう告げたまま一言も発しないでいると、はるかもつまらなそうに口を噤んだ。
 しかし、車が笠間駅に到着するとさすがにはるかは再び口を開いた。
「どこ行くんですか?」
 拓巳は少し迷ってから告げた。
「電車でお台場方面に行こうかと」
「お台場?」
 その地名を聞くと、はるかはみるまに機嫌が悪くなった。
「余震が来るかもしれないです。海沿いはしばらく近づかないほうがいいです」
 そこまで言って、上目遣いでこちらを睨んだ。
「でも、なんでお台場なんかに行きたいんですか?」
 笑われるだろうか、そう思ったが思い切って拓巳は口を開いた。
「何か、忘れ物をしている気がするんだ、お台場に」
 はるかは眉をつり上げる。
「あたし、家を出る前に『忘れ物ないですか』って聞きましたよね」
「すまない」
 拓巳は駅の駐車場に車を止める。シートベルトを外しながらはるかのほうに顔を向ける。
「なんならお前はここで待っていてくれてかまわない」
「嫌です」
 それはそうだろう。こんな駐車場で何時間も暇を潰していろというのは酷だ。ホテルにはるかを下ろしてから……
「ーー余震が来ます」
 はるかは静かに告げた。拓巳は困惑した。
「いやそれは、来るかもしれないが」
「今日の夕方から夜にかけて、正確には本震が来ます」
 拓巳は背筋がぞくりとした。はるかが来るというのなら、多分来るのだ。
 でも、何か思い出しそうな気がするのだ。お台場に行けばそれがわかる気がして。
 拓巳が躊躇っていると、はるかの目から大粒の涙が零れ始めた。
「お、おい!?」
 拓巳ははるかの肩を掴んだ。その拍子に涙が頬から膝の上に落ちた。はるかが口を開く。
「いや……嫌です。たくみさんが死んじゃう。海に近づいちゃいや……」
「わかった、わかったから」
 拓巳ははるかの涙を親指で拭う。
 拓巳がなだめるように何度も頭を撫でてやっていると、のろのろとはるかは顔を上げた。
「行かないでくれますか」
「行かない、約束する」
 断言してやるとはるかはほっとしたように息をついた。両手で涙をごしごしと擦る。
「さっきの公園戻ろう」
 そう言ってやると、はるかは微笑んだ。