拓巳はハンドルに突っ伏した。
 仕事場を失った。これで笠間にしばらくとどまる必要はなくなった。それならば、今一気にもっと遠くに引っ越したほうがいい。
 親戚のいる宇都宮はどうだ? 
 あそこなら標高が高いから、拓巳が生きている間はもつだろう。急に海水面が上昇するかもしれないからあくまでも多分、だが。県庁所在地だし仕事も見つけやすそうだ。
 拓巳は秋晴れの朝の空を見つめた。
 死にたくないから生きているが、どうしても生き残りたいのかと言えばそうでもない気がする。
「運転疲れたんですね。ゆっくりしてください」 
 はるかが優しい声で呟いた。拓巳はゆっくり顔を上げた。
「いいとこですね、ここ」
 はるかは目を細めて窓の外を見つめる。
「それなんだが。明日は宇都宮に行こうと思っている」
 そう告げると、はるかはきょとんとした。
 その瞳に動揺した。
 勝手に決めてしまったが、はるかの意向を聞いていない。そもそも、はるかを大洗から連れてきてしまったが、良かったのか。いや、引っ越そうと言い出したのははるかだ。けれど、この先も絶対一緒にいなければならないということはない。そもそも自分とはるかは他人だ。
 はるかは最初に言ったはずだ。「しばらく置いてください」と。
 そのことに気づいて激しく動揺する。そして自分が動揺していることに気づいてさらに動揺する。
 ーー離したくない。
 拓巳はハンドルに頭を打ち付けた。
「た、拓巳さん?」
 驚いたようにはるかが頭に手を乗せてくる。それでも拓巳は顔を上げられなかった。
 ーー待て。
 拓巳は顔が熱くなった。
 ーー好きなのか? 俺はこの女を。
 気づいてしまうと、なぜ今まで気づかなかったのかが不思議なくらいその感情はすとんと心に落ちた。
「拓巳さん、疲れたんですか? 今日朝早かったしちょっと寝たらどうですか。明日は宇都宮に行くんでしょ。それなら余計ですよ」