どう説明しようか。そう一瞬悩んだところに、澄んだ声がかかった。
「おはようございます!」
 部屋の中からボストンバッグを抱えたはるかが出てきた。引っ越し準備が整ったからか、昨日よりは顔色がよい。
「あら、奥さんも一緒なのね。大荷物ね。キャンプかしら。仲が良くていいわねー」
 拓巳は再びあいまいな笑顔を見せた。
 はるかは奥さんではない。
 では、同棲している彼女かと言えば、それも違う。二人の間にはそういう類いの関係はなかった。
 そもそも、出会いがいつだったのか覚えていない。いつの間にか拓巳の家に居着いていた気がする。
 覚えているのは「しばらくここに置いてください」という言葉くらい。
 そして知っているのは「はるか」という名前と家族がいないらしいということだ。年は二十六の自分より少し下、二十歳くらいだろう。
 何故彼女はここにいるのか。彼女は自分にとってなんなのか。考えたこともあるが、いつも考えているうちに脳に靄がかかったようになってしまう。だから答えは出なかった。
 拓巳が仕事に出掛けて、はるかは家事をする。一時代前のよくある夫婦のような関係。だから世間には「夫婦」と勘違いしていてもらってかまわなかった。
 拓巳はアパートを見上げた。
「拓巳さん、忘れ物ないですか?」
 玄関の鍵を掛けながらはるかが声を掛けてきた。
「多分」
 忘れ物があったら取りに帰ってくるだろうか。いや、もうこの目でここを見ることはないだろう。
「多分ってなんですかー。不安になっちゃう」