「わかったから。すぐに引っ越しを考える」
 そう言ってやると、はるかはゆっくりと顔を上げた。
「じゃあ、明日。明日ね。引っ越しするんです。約束ですよ」
 真っ直ぐにこちらを射抜いてくる。その茶色い瞳が、宝石のようで。
「……わかった」
 拓巳はそう答えていた。
 はるかの言うことはきいたほうがいいと、そう長くもない付き合いの中で培った本能が言っていた。 
 はるかの言い分と現実を考えて、明日は笠間まで行くことにした。観光地だ。ホテルの予約ができた。うちからは車で四十分ほど。職場に通うこともできる。
 はるかは引っ越し準備中もそわそわとしていた。
 そして、今。彼女は布団の中で手足をちぢこませて丸まって眠っていた。何かに怯えるように。
「うう……」
 うなされているような声がはるかの口から漏れる。
 拓巳は隣の布団からそっとはるかの肩くらいの長さのふわふわした髪に手を伸ばす。ゆっくりと頭を撫でてやった。
「ん……」
 髪を撫でてやっていると、徐々にはるかの寝息は穏やかなものになっていった。
 その寝顔を眺めているうちに眠気が襲ってきた拓巳は、ひとつあくびをすると寝る態勢に入った。

「あら、佐々木さん、こんな早い時間からお出かけ?」
 朝の七時。車に荷物を載せていると、ゴミ捨てに出てきたご近所さんに声をかけられた。