「拓巳さんが死ぬのは絶対嫌です! でもあたしは化け猫なんです! あなたを殺す為に生まれてきたんです!」
「じゃあ、一生俺の側で俺の命を狙ってろ!」
 気づいたらはるかの細い体を抱き寄せていた。
 ーー嫌だ。はるかを手放すのだけは絶対に。
 もし、はるかが俺を殺す為に生まれてきたというのなら。
 俺ははるかに殺される為に生き抜いてやる。
 腕の中のはるかが逃げだそうとしているのかもぞもぞと動く。拓巳は抱き締める腕に力を込めた。徐々にはるかの抵抗が弱まった。
「あたし、化け猫なんですよ……? 怖くないんですか」
 泣いているのか、その声は震えていた。拓巳ははるかの頭に顔を埋める。
「怖くない。だから一緒にいろ」
 もう一度そう告げると、はるかの腕が拓巳の背中に回ってきた。

「やっぱり住むところは別々にしましょうか」
 翌日。宇都宮に向かう途中の車の中で遠慮がちにはるかが提案した。
「なんでだ」
 前を見つめながら答える。はるかは眉を下げた。
「一緒に住む理由がないです」
 信号待ちで止まる。拓巳ははるかを見据えた。
「理由以前にそもそも、お前戸籍ないだろ。住むとことか働き口とかどうすんだ。野良猫にでもなるのか」
 はるかはしょんぼりと下を向いた。
「猫に戻れるかわかりません。でも、やってみたら戻れるかも……」
「させるか、バカ」
 はるかを野良猫のような危険な立場に置いておくわけにはいかない。
「一緒にいる理由なら作ればいい」
「どうするんですか?」
 信号が青に変わった。拓巳はまた前を向いた。そしてそのまま告げる。
「俺と家族になればいいだろ」
 思い切って言ってみたが、はるかの反応はきょとんとしたものだった。
「あたしたち、血が繋がってないですよ」
 その返事にがっかりすると同時に、自分の突っ走りようにもおかしくなり、拓巳は声を立てて笑った。
「な、急にどうしたんですか」
 はるかが戸惑っているのがさらに笑いに拍車をかけた。
 真っ直ぐ続く道を走る。
 いつか、本当にはるかに殺されてしまう日が来るかもしれない。けれどこんな先のわからないご時世で、それを心配して大事な物を失うわけにはいかない。