すぐにでも病院に連れて行ってやりたかったが、とにかく今は海から離れることが先決だった。このままでは猫ともども海に沈んでしまう。
 しばらくして腕にまだ息のある猫を抱えて病院に入ったが、間に合わなかったのだ。

「あなたのせいで死にました。あなたを殺す為にここまで来ました」
 はるかを抱えてやっと戻った車の中で、こう告白された。
 拓巳は黙って頷いた。
「気づいたら、夜になっていて。人の形をして、どこかのアパートの下に蹲っていたんです。最初は何がなんだかわからなかったけど、あなたの匂いがすぐ近くでしたので理解しました。あたしはあなたに復讐する為に化けて出たんだと。最期に感じたあなたの腕の匂いは忘れるはずがなかったから」
 アパートのドアが開くと、憔悴しきった拓巳が出てきたそうだ。猫を殺してしまった罪悪感に苛まれていたのだろう。
「だから簡単に暗示にかかりました。とりあえず家に入り込んであなたを殺す機会をずっとうかがってたんです」
「なんですぐ殺さなかったんだ」
 拓巳は呻き声に近い声で尋ねた。
 はるかは首を傾げた。
「なんでかわからないです。しかも今日もあなたをあのアパートから連れ出してしまって。野生の勘で大きな地震が来るのは気づいてました。放っておけば、あなたは今日土砂崩れに巻き込まれて死んだのに」
 そこまで言うとはるかは苦笑して車のドアに手をかけた。するりと猫のような身のこなしで出て行こうとする。掴もうとした腕は届かなかった。拓巳も続いて車を降りた。
「ちょっと、お前、待て」
「でも、いやだって思ったんです」
 はるかが立ち止まって振り返った。街灯の光がはるかをぼんやりと照らしている。
「あなたが死ぬのが嫌だって。だからあたしはあなたと一緒にいられません」
「意味がわからない。殺さなきゃいいだけの話だろ」
「殺すかもしれません」
 はるかは言い切った。
 拓巳は口を噤んだ。
 なんだ、これは。二択なのか。
 今ここではるかを手放すか、はるかに殺されるか。
 それならば。
「じゃあ、もし殺されたらそれはそれで俺は構わないから一緒にいるというのはどうだ」
「嫌です!」
 はるかが叫ぶ。
「なんでだよ!」
 拓巳も叫びかえした。