何故だ。今まで全くそんな素振り見せていなかったのに。
 動揺を押し隠すようにして拓巳は笑顔を作った。
「一人暮らし始めるつもりか? 俺は別に今のままでいいぞ」
 はるかは首を振った。
「だめなんです」
「どうして」
 口調は少し詰問するようになってしまった。それに臆することなくはるかは答えた。
「あたしといると、拓巳さんの命が危ないです」
「……は?」
 何を言っているんだ。逆だろう。今まで何回も助けてくれたのははるかだ。
 何かを言おうとするが、頭が回らない。
 その時。光が二人を照らした。車のライトだ。
「危ない!」
 拓巳ははるかを庇うように抱え込んだ。
 車は二人の側をよろめきながら走って行った。居眠り運転だろう。
「あっぶねえなあ……」
 動悸が激しい。それが自分でも不思議だった。それほど危険ではなかったはずなのに。
 何かを、脳が思い出そうとしていた。
「ん?」
 腕の中のはるかの体が急に重くなった。
「おい、だいじょ……」
 腕の中を覗き込むと、はるかががくがくと震えながら拓巳にしがみついてきていた。
 顔色が夜目にもわかるくらい真っ青だ。
「おい、しっかりしろ」
 その目は焦点が合っていない。
「しんじゃう……」
「ん? どうした」
 はるかは拓巳の胸を掴む手に力を込めた。
「死んじゃう、また死んじゃう……。こわい……こわい……!」
 その尋常ではない怖がり方を訝しむと共に、言葉にも引っ掛かるものがあった。
 ーーまた死んじゃう?
「どうしたんだ、またってなんだ」
 はるかは自分の腕の中で丸くなって震えている。この体。この匂い。このぬくもり。それは。
 拓巳の脳の中で記憶が弾けた。
「ーーお前。あの時俺が殺した猫か……?」

 1年前のあの日。拓巳は仕事で車でお台場に行っていた。
 地震が起きた時、大慌てで車で海沿いから離れた。お台場が崩れるとの情報があったから。
 その最中だ。運転中に再び余震が来て、拓巳はハンドルを取られて焦っていた。そこに、一匹の猫が飛び出した。
 避けきれなかった。その猫はボンネットに軽く接触した。
 軽くと言っても相手は猫だ。車を降りて急いで猫に駆け寄ると、外傷は見当たらなかったが、口からわずかに血を吐いて倒れていた。
 まだ息がある。