『魔法が使えたらいいのに』嘘を鎧のように身に纏って生きている私はいつもそう思う。おもしろいと思ってないのに笑い、感動すらも演じようとする始末。これはそんな私に起こった少し不思議な物語である。
 蒸し暑くセミがうるさい夏の日、私は一人教室で本を読んでいた。別に友達がいないわけではない。ただ一人で本を読むほうが好きなだけだ。いや、本当の友達ってやつは存在しないのかもしれない。すると一人の女子が私の本を取り上げて。
「イナセさんまた一人で本読んでるの?」と私の手から本を奪い、意地悪く笑いながら言った。
私は内心イライラしつつ笑顔を顔に貼り付け
「ちょっとやめてよー」と笑いながら言う。
彼女はシミズ。クラスの中心にいる所謂一軍女子ってやつだ。私が周りに対して気を使っているのを八方美人だと感じそれが気に食わないらしい。
「何笑ってんだよ気持ちわりー」と言い、本を床に叩きつけると彼女は友達のグループに戻り私を指差し馬鹿にするように笑いながらゾロゾロと教室から出て行った。私は怒りが爆発しないように気にしないふりをしつつ床に落ち、表紙が外れかけている本を拾う。本に表紙を付けなおし椅子に座ろうとしていると、
「大丈夫?シミズさん酷いね」
とよく話している二人の友達が駆け寄り話しかけてくる。
「全然大丈夫。もう慣れたから」と笑いながら言う。
「イナセは優しすぎるよ。起こりたい時は怒っていいんだよ?」と心配そうな顔をして言ってくる。
「我慢する必要ないってー」もう一人の友達もいう
さっきまで傍観してただけのくせにと思うがその気持ちを心に閉じ込める。
「本当に大丈夫だよ~」と笑いながら言う。


ここで助けを求めたら、本心をいえば何かしてくれるの?


学校が終わり、いつも通りの帰路、今日は気持ちが良いくらいの晴天だ。田舎なので人通りも少なく、左は田んぼ、右は木造建築といった具合だ。私はこの毎日変わる事のない何気ない景色を眺めながら歩くのが好きだ。何か違和感があり、ふと左を見ると見たことのない祠があった。腰くらいの高さで赤く横幅の広い屋根が付いている。屋根の下が箱状になっており、しゃがんで見てみると、その中にひすいのような澄んだ緑色の石が見える。なぜか手が勝手に動いてその石を手に取る。触った瞬間突風が吹いたような気がした。反射的に前髪を抑え目を閉じる。すると頭の中に
「あなたはその石を身に着けている時、一日に一度だけ自分の思い通りの事象を発生させる事ができます。ただ現実世界に存在する事象のみです。時間を巻き戻す等は不可能です。」という女の声が響いた。
幻聴かと思い、頭の中で『雨よ降れ』と魔法漫画さながら石を片手に唱える。すると曇り一つない空から雨が降り始めた。夢かと思い頬をつねる。「痛っ」という声が思わず出る。なぜか笑いが滝のように出た。こんなに笑ったのはいつぶりだろう。周りから見たら雨の中腹を抱えて笑っている変人だろう。
 家に帰ってシャワーを浴び、部屋着に着替えベッドに寝転がる。そして改めて魔法の石を見てみる。道端に落ちていたら気づかないくらい見た目は少し綺麗なだけのただの石だ。未だにこの石ころが魔法の石だなんて信じられない。あの後何度か石を手に持ち頭の中で色々唱えてみたが何も起こらなかった。あれはたまたま雨が降っただけなのか、それとも本当にこの魔法の石の力なのか、ゴロゴロしながら明日試してみようと考えた。これが本当に魔法の石ならこれからの人生どれだけ楽しくなるのだろうか、なんて思っていた。

 次の日1限目の体育が始まる前、シミズがまた私の前に来て
「今日のバスケ負けたくないから見学しててよー」とニヤニヤしながら言ってくる。
「そうしようかな」と作り笑いを浮かべながら私は言う。


『次の授業でシミズの体操服が前後逆になってますように』


とポケットの中の石を握りながら頭の中で唱える。
 結局私は見学することにした。シミズの体操服が前後逆でないのを見て、魔法なんて結局嘘だったんだと落胆した。準備体操の時シミズが私を指差しニヤニヤしている。なんと私の二人の友達と、だ。その時私の中で何かが壊れた音がした。しかしそこで私を地獄から天国に連れていく蜘蛛の糸が目の前に垂れてきた。準備運動が終わりシミズが長袖の体操服を脱いで半袖になるとなんと前後が逆だったのだ。周りがシミズを指差してドッと笑った。シミズは顔が真っ赤になり長袖を急いで上に来たがそれも前後逆だったため、さらなる笑いを産んだ。魔法が本当に使えたこととシミズが笑いものになっていることで気分が上がり、私も思わず笑ってしまった。これで私の人生は思い通りになると思い、最高の人生はすぐそこにあるんだ!とさえ思っていた。その先に待ち受けていることも知らずに・・・

 次の日から、休日平日関係なく毎日シミズに魔法をかけ続けた。もちろんシミズが不幸になる魔法だ。ある日は授業中に猛烈な眠気に襲わせ、ある日はしゃっくりが止まらず出るように、ある日は急に背中を痒くさせたり、といった具合に。シミズからの嫌がらせは続き、原因不明の不幸が続く苛立ちからか回数も増えていった。それでも笑顔で対応し、次に使う魔法の内容を考えることで凌いだ。こないだシミズと笑っていた二人の友達からの言い訳も笑いながら気にしていないふりをして対応した。魔法が使えたからといっても、嘘をつき続ける生活が終わるわけではなかった。嘘を鎧のように身に纏っている限り、私は笑顔を作りながら生きていくのだろう。
 ある日いつものように学校で本を読んでいると、シミズが最近流行りの『カワホント』というカワウソをモチーフにしたゆるキャラが描かれたシャーペンを片手に持ち
「ねえねえこれ見て!昨日開店前から待って買った数量限定のやつなんだー」とすごい笑顔で自慢していた。
その瞬間あのシャーペンを壊してやろうと思い


『あのシャーペン壊れろ』


と念じるとシャーペンが手から滑り落ち、シミズがそれを拾おうとして足を踏み出すとその足の真下へとシャーペンは転がっていき、シミズが床に足を付けると同時にパキッという鈍い音がした。そう、シミズはシャーペンを自分の足で踏み、壊してしまったのだ。その瞬間、シミズはその場に泣き崩れた。周りに彼女の友達が集まり始め、慰めようとしている。私はそれを見ていつものようにいい気味だと思い、満足する。そして思わず笑ってしまった。すぐに口を抑えたが時すでに遅しだった。シミズは私の方に一直線に歩いてきて
「何笑ってんだよ!くそが!」と言い放ち私の顔に思い切り手を振り下ろした。
バチンッという音がして左頬が熱くなった。一瞬何が起こったのか分からなかった。でも数秒経って理解した。私はビンタされたのだ。そしてその後彼女は逃げるように教室から出ていき、その日体調不良で早退し帰ってくることは無かった。彼女がいない学校は快適で居心地が良かった。このまま一生帰ってこなければいいのに。そうだ魔法で殺しちゃえばいいんだ。なんてことを半分冗談で頭に浮かべる。


夜ごろごろしながら


『シミズ死んじゃえ』


となんとなく頭の中で唱える。本当にそう願っていたわけではない。超えてはならない、超えたら戻ってこられなくなる一戦は理解していた。石に触れてないし、部屋の時計はまだ23時53分指している。しかし足に冷たい感触があり、見てみると魔法の石が足に当たっていた。心臓がバクバクなり始め、焦って部屋の時計を見るとまだ23時53分だ。焦って損した、と心の中で呟く。しかしスマホをふと見ると0時13分を指している。そう部屋の時計は止まっていたのだ。さっきまでの安心が全て吹き飛び、心臓の鼓動がさっきよりも速くなる。試しに『雨よ降れ』と石を手に持って唱える。だが雨が降り始める気配は一向にない。『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』『雨よ降れ』何度も唱える。それでも一向に雨が降る気配は一向にない。どうしよう。どうしよう。頭の中が真っ白になった。何も考えられない。

ピピピピピピピピピッ

スマホのアラーム音で目を覚ます。部屋の時計を見ると6時45分を指していた。スマホの時計も6時45分を指している。ほっとして胸をなでおろす。全て夢だったのだ。試しに石を手に持ち『雨よ降れ』と唱えるとぽつぽつと雨音が聞こえ始めた。こんなに雨が降って嬉しかったのは初めてかもしれない。
 学校に傘をさして歩いていきながら考える。私はこのままだと魔法の石に頼らず、自分の力でどうにかしようと思う事さえなくなるのではないか。もしかすると夢のように一線を越えるというバッドエンドが実際に起こってしまうのではないか。どうせ今日は魔法が使えないのだ。思い切って今日は本心を、嘘という鎧を脱ぎ捨てありのままの自分をさらけ出そうと決意すると、鼻歌を歌い、無理やり気分を上げた。
 学校につきいつも通り本を開こうとするとシミズが私の前に来て机を蹴り
「また殴られたくて学校にきたの?早く死ねよブス」と言ってくる。
シミズが生きてる事にほっとする。そして勇気を振り絞って立ち上がるとシミズの顔に思い切りビンタした。シミズは鳩が豆鉄砲を食らったように目をパチパチさせていた。何が起こったのか理解ができていないのだろう。そして続けざまに
「昨日のお返し。嫌いなら私に話しかけてこないで。」と言い放ち私は椅子に座る。
教室の空気がシーンと静まり返る。シミズは仕返しをされるなんて思ってもいなかったのだろう。左頬を抑えながら教室から逃げるように出て行った。すると私の下に二人の友達が駆け寄ってきて
「すごいじゃん!シミズさんに言い返せるなんて!」と友達が私に言い
「最近シミズさんに脅されてて話しかけられなくてごめんね。でも私も勇気出して反抗してみる事にする。」と二人の友達が私に謝る。
なんて言おうか迷ったけど
「全然気にしてないよー。でも次はないからね!」と冗談ぽく言った。
やっぱりまだ完全に嘘という鎧を脱ぐことができないようだ。でも少しずつ本当の、嘘で関係を取り繕わなくても良い友達になれたらな、と思う。
 帰り道、あの祠に魔法の石を戻すとまた突風が吹き前髪を抑えつつ目を閉じる。もう私は魔法の石に頼るのを辞めることにした。自分が行動を示さない限り周りが変わることはないと気づいたからだ。明日からまたシミズが私に嫌がらせをするかもしれない。それでもきちんと自分の行動で反抗をしようと思う。友達がまた裏切るかもしれない。それでもきちんと自分の行動で反抗しようと思う。そんなことを考えながら目を開けると祠は無くなっていた。私に必要なのはバッドエンドではなくてハッピーエンドだ。自分の力で人生をハッピーエンドに導いて行こうと思う。そしてちょっと正直に生きていきたい。いっそ嘘なんかなくても・・・。それはさすがにないかもね。それでもきっと・・・