わたしと彼のだらだらとした、ズルズルべったりの長い付き合い。二人の明日のない憤懣も憎毀も、憂患も、この乾き切った巨大な砂地に吸収され、わたしの焦点の合わない惆悵は、鬱積するばかり。わたしたちの気まずさは、わたしたちにとって非常に重たいものであるのに、わたしたちの生きている世界は、それよりもはるかに重く巨大でありすぎる。例えば、ほんのちょっとしたことで闡幽されるはずの心の渾和。彼は好男子の優等生。男として別に文句のつけようがない。やはりわたしは彼が嫌いなのでは無いのだ。たとえば、わたしと彼との間に何かが起こればいい。そうすれば、二人はこれまでの堂々巡りの感情のやり取りをやめられるかもしれない。いまのわたしたちは何年間も氷室に閉じ込められていたアラビア人か黒田官兵衛のように、動作が不自然で固くぎこちない。何かが起こればいい。彼はその高慢な鼻を天狗に返して、慚愧もなくペイブメントの上で拝跪し、フョードル・ドストエフスキーの『罪と罰』のラスコーリニコフが大地に向かってしたように、わたしの足の甲に唇を押しあてるかもしれない。そうすれば、わたしは狂おしい情念に攪乱され、顫動し、深い感動の中を彷徨うかもしれない。・・・でも、何事も起こらなかった。レフ・トルストイの『戦争と平和』も革命も大地震も大噴火も隕石の落下も、アルベール・カミュの『ペスト』の流行も、小松左京の『日本沈没』も、『旧約聖書』のノアの箱舟の大洪水も、何事も起こらなかった。『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラにとっての南北戦争、『武器よさらば』のキャサリン・バークレイにとっての第一次世界大戦、『誰がために鐘は鳴る』のマリアにとってのスペイン内乱、『ドクトル・ジバゴ』のラーラにとってのロシア革命。わたしには一体何があるのだろうか?
そう言えば星が見えた。ビルのスカイスクレパーの稜線に縁どられた谷間に微かに閃燿する星を仰ぎ見ていたら、仄々とした軽い眩暈に襲われた。でも彼はそれに気付かないでか、態とそんな振りをしてか、変な顔をして、
「どうしたの?」
だって。寒風が緩慢に、気だるげにビルとビルとの間を縫って吹き渡り、寒々とした、時折背後から来る不躾なヘッドライトの灯りに二人の影がぼんやりと泛び、遥か彼方でJR電車の警笛が鳴り響き、空虚な余韻を残して遠ざかり、次第に途絶えた。
そう言えば星が見えた。ビルのスカイスクレパーの稜線に縁どられた谷間に微かに閃燿する星を仰ぎ見ていたら、仄々とした軽い眩暈に襲われた。でも彼はそれに気付かないでか、態とそんな振りをしてか、変な顔をして、
「どうしたの?」
だって。寒風が緩慢に、気だるげにビルとビルとの間を縫って吹き渡り、寒々とした、時折背後から来る不躾なヘッドライトの灯りに二人の影がぼんやりと泛び、遥か彼方でJR電車の警笛が鳴り響き、空虚な余韻を残して遠ざかり、次第に途絶えた。