雨は服を濡らして髪を汚すが、雪は屍体を冷蔵し、純白の死床の衣裳となる。かけがえのない人と抱き合い、お互いにお互いの最後の温もりまで貪って冷たくなって行く。雪は、雨のように二人のとわの愛の篝火を消し流さずに、赤い炎のその儘で固く凍結する。愛と死には、白い衣がこの上もなくよく似合う。
 その日も、次の日も何も起こらなかった。わたしが異常だったのか、あらゆるものを浄化する効果を持つ雪の所為だったのか、わたしの淡雪のような仄かな期待は、虚しくも掌の中のひとひらの雪の結晶のようにとけてしまった。三島由紀夫の『春の雪』に描かれた明治維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子である高等遊民の松枝清顕と伯爵家の世俗を知らない美貌の令嬢綾倉聡子の結ばれることのない淡い春の雪のような恋を思い出す。矜り高い松枝清顕が禁じられた恋ゆえに生命を賭して求めたものは滅びの美学だ。大正初期のハイカラ貴族社会を舞台に破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる技巧の筆に三島由紀夫が描いたのは、『金閣寺』から連綿と続く唯美への献身だ。どれほど秀麗であろうと滅びないものは醜悪だ。太宰治も、その太宰治を嫌った三島由紀夫も、実人生の最後は似たようなものであったような気がする。
 田舎ももう飽きた。花の香りも度を超すと鼻につく。もうすぐ試験が始まる。明日、あの忌まわしい東京に立とう。そこで、伊勢正三の『なごり雪』のような歌が生まれる。
 
  旅立ちの朝 雨が降っていました
  駅への道で 見かけた君に思わず
    声を掛けたくなって
     海辺の道を走ったけれど
愛されていた想い出を
       壊してしまう悲しさに
        後ろ姿を見送りました
  浜の根雪に雨降りしきる
   冬の終わりの朝でした

  あれから五年 君はどうしているか
  幾たびとなく 手紙を書いたけれども
    なんの返事もなくて
     友達に聞いて初めて知った
      同じ都会に嫁いだと
       すぐにでも会える身の辛さ
        君を忘れてしまいたいのに
  街のネオンに雨降りしきる
   秋の夜中の事でした

  東京の朝 雨が降っていました
  ビルの谷間で 見かけた君に思わず
    声を掛けたくなって
     歩道の外を走ったけれど