憧れだけが風に舞う
     それでいいの さりげなく
     この青春に別れを告げよう
 
     人は誰も青春に
     忘れられない想い出作る
     それが愛でなくっても
     悔いはないの さりげない青春
 
 そういえば、三日の朝に、祖父が、
「東京の千鶴子が来たぞ」
と電話をかけて、また従兄の裕さんを呼んでくれた。午前十時頃、彼と今井というところに行った。今井は町中からバスで二十分位の所。彼の家は、そこにある。彼は檜皮色のジャンパーを着て、鶸色の毛糸の帽子を被ってやってきた。肌が淡いセピア色をしていて、よく磨いたリンゴの肌のような健康そうな艶がある。肩幅が壁のように広く、東京の男の子の二倍もありそうな感じ。話し方は方言丸出しで、『書を捨てよ、町へ出よう』の寺山修司のように朴訥だが、逆に、それだけに親切な言葉の中に、東京の男の子の気障ったらしい嫌らしさが寸毫もない。年は二十二。わたしと大して違いがない。結婚するには丁度いいかも。バカみたい。わたしは一体何を考えているんだろう。
 彼は、古色蒼然として祖父母だけが住んでいるだだっ広い屋敷からわたしを連れ出して今井を案内してくれた。わたしは彼の後ろに従って駅の裏手にある家を出た。彼は大股で闊歩する。わたしは黒のブーツを履いて彼に歩調を合わせる。わたしが少し息を切らし、口から白い吐息を出し、時々追いつくために滑りながら小走りになるのを見て、彼はほんの少し歩度を緩めた。なんであの限りなく暖かい腕で、わたしの腕をとってくれなかったのだろう。わたしが嫌いなのかしら。そんなことはない。だって、態々、今井から出てきてくれたのだから。だけど、そうしたのは暇だったからなのかもしれない。それじゃあ、杓子定規な親類としての田舎の人間としての親切からかしら。田舎の人間には驚くほど打算が少ない。だから、親切と好意の識別が難しい。
 駅前のバスターミナルは、人も疎らで、窓に雪を張り付けたタクシーが、傍らで真っ白な排気ガスを吐いていた。バスの時刻表を見ると、出発は二十分後。かれは、どうしようかという風にわたしの方を一瞥して、
「タクシーのほうが早いな」