余命半年のきみに、僕は恋をした。


「でも……でも……」

 この足で、僕の前から歩いてみんなの元へ帰った。あのときの背中を見て僕は、彼女のことを支えたいと思った。

「僕は、思ったんだ。きみを……水戸さんを支えたいって」

 顔を上げて、勇気を振り絞る。

 僕の言葉を聞いて、困惑した水戸さんが小さく息を飲んだのが分かった。

 たいしてしゃべってもいない僕にこんなことを言われるのは。

 ──拒絶されるだろうか。
 ──気持ち悪いって思われるだろうか。

 けれど、そんなこと僕には関係ない。

 これ以上、何を失うって言うんだ。

 僕には、何も怖くないだろ。

「親に見限られて、親しい友達もいなくて、僕にはできることが何もないけど……でも、せめて……」

 せめて、きみだけは。

「……水戸さんのことを支えてあげたいって、思うんだ!」

 こんな僕が、図々しいことを言っているのは知っている。

 何様なんだって思われるかもしれない。

 余計なお世話だと思うかもしれない。

「水戸さんのことを救いたいんだ……!」

 夕方の公園に、僕の声が響き渡る。

 陽が沈み、あたり一面オレンジ色に染まり、地面に僕らの影が二つ映る。

 ──サアーっ。

 おもむろに暑さを含む風が吹いた。

 彼女は、何も言わない。

 きゅっと唇を結んで、何も現れようとはしない。

「……ごめん、今の」

 やっぱり自信がなくなった僕は、訂正しようと思った矢先。

「ありがとう、牧野くん」

 震える声が、ひとつ落ちた。

 顔をあげると、目の前に映った彼女の表情は、泣きそうな顔をして笑っていた。

「水戸さん……」

 僕は、言葉に詰まる。

 なんて言葉をかけてあげたらいいのか分からなくなった。

 そんな僕に、

「まさか牧野くんにそんなふうに言ってもらえるなんて、思って…なかったから……」

 彼女の目尻には、光る何かが見えた。

 けれど、それを堪えるように唇をきゅっと結ぶから。

 僕は、咄嗟に目を逸らす。

 もしかしたら水戸さんは、泣いてるところを見られたくないのかもしれないと。

「ありがとう、牧野くん……」

 少しくぐもった声が聞こえる。

「……うん」

 僕は、目線だけを下げる。

 今、できる気遣いがそれだけだったから。

 人前で泣かないのは、水戸さんなりの強がりだったのかもしれない。

 なんて思ったのは、このときだった。

 ◇

 その日から、僕たちは放課後、たまにあの公園でしゃべるようになった。

「ねぇねぇ、牧野くん。この前の話なんだけど、支えたいってのは具体的にどういうこと?」

 ベンチに腰掛ける僕にいきなりこの前の話題を提供するから、さすがの僕もあれを思い出すと恥ずかしくなって「えっ、あっ……」壊れたロボットのように言動は挙動不審になる。

 あの日の僕は、どうかしていた。

 自分じゃなかったかもしれない。

 暗くて目立たなくて自信がない僕が、どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。

「牧野くん?」

 けれど、不思議と後悔はしていなかった。

「そ、そのことなんだけど……」

 ゴクリと固唾を呑んで、拳を握りしめたあと、

「水戸さんは、何かしたいこととかあったりする?!」

 僕の声に驚いたのか、え、と困惑した声を漏らしながら目を白黒させる水戸さん。

 ──しまった。唐突すぎた。

「あ、いや、えっと……したいことっていうか、その……水戸さんはクラスのマドンナだからしたいことなんて全部してるだろうし、多分僕が手伝わなくたって青春してるんだろうけど……」

 そんなことが言いたいんじゃなくて。

「楽しいこととか好きなことすると、気持ちが穏やかになって体調も良くなるんじゃないかな……と思ったんだけど……」

 言葉がまとまらなくて、自分で言ってて何を話しているのか理解できずにいると、クスッと笑った水戸さん。

「なに、マドンナって」
「や、だってみんなが水戸さんの周りに集まってるから……」
「やだなぁ、もう。私はただ、みんなと話してるのが好きなだけでマドンナとかじゃないよ」

 ……現に釘崎くんとか水戸さんのこと好きっぽいし。ていうか、それすらも気づいてない?

「でも、それすごくいいアイデア」

 ──ニコリと微笑んだ水戸さん。

「やりたいこと、考えてみようかなぁ」

 と、嬉しそうに、空を見上げる。

 僕が言った言葉ではあるけれど。

「……でも、水戸さんはやりたいことなんてやり尽くしてるんじゃない?」
「え、どうして?」
「だ、だって……僕より……」

 いつもみんなの中心にいて、みんなに必要とされて、楽しそうで。

 青春の全てを謳歌しているようだから。

「牧野くんが何を言いたいのか分からないけど、全然そんなことないよ」

 水戸さんは、否定した。

「だって私、病気だから制限がすごく多いの」

 〝病気〟と告げられて、忘れそうになっていたそれを思い出すと、胸の奥がチクリと痛む。

「ご、ごめ──」

 謝ろうと思った。

 けれど、やめた。

 ここで謝るのは、水戸さんに対してなにか失礼な気がしたからだ。

「体育だってね、ほんとはやりたいんだよ」

 そんな僕を知ってか知らずか、わずかに口元を緩めた彼女は、

「思い切り走ってみたいし、体育祭だって出てみたい。走って風を切るってどんな感じなのかなって思うし、バスケだってしてみたい。バレーだってそう。もっともっとやりたいことあるし」

 ひとつひとつ指を折りながら、紡ぐ言葉は、まるで希望に満ち溢れているようで。

 知らなかった。

 水戸さんがこんなにやりたいことができていなかったなんて。

 僕とは、違うと思っていた。

 全てを持っているような人だから。

「でも、なかなか思うようにいかないの。身体が……」

 悲しそうに笑ったあと、

「たまに起こる頭痛とか痛みは薬で抑えてるけど、少しずつ痛みが増してくるんだって。今は動けてるけど、段々とできないことが増えてくるだろうって言われたの」

 さっきまでの希望に満ちた笑顔は、どこへ消えてしまったのだろう。

「ほんとはね、すごく怖いの。今は生きてるけど、あと半年もしたら私この世界からいなくなっちゃうのかなって……」

 彼女に、悲しい顔は似合わない。

「そうしたらみんな忘れちゃうのかな。私のこと忘れて楽しいことに夢中にになっちゃうのかなぁ」

 彼女には、笑顔でいてほしい。

 一番、笑顔が似合うから。

「そんなことない!」

 ──水戸さんには、笑っててほしい。

「忘れるとか、そんなこと絶対にない……」

 水戸さんに悲しい思いはしてほしくなかった。

「そもそも、水戸さんがいなくなったりしない……」

 僕は、まだ信じない。

 水戸さんがあと余命半年だなんて、絶対に。

「牧野くん……」

 ──信じたくない。

 だから、

「水戸さんがやりたいと思うこと全部しよう」

 僕は今を生きる。

 そして、水戸さんも。

 僕は、これからもきみと過ごしたいと願うから。

 ──この世界に奇跡があると信じたい。

「そしたらきっと……余命なんて忘れてる。ずっとずっと笑って過ごしていられる」

 今の医療は素晴らしいんだ。

 難しい病気だって、治してる。

 日本の医者はすごいんだ。

 それに。

「先のことなんて誰にも分からないから……奇跡が起こるかもしれないし……」

 なんてこんなこと言っても、水戸さんにとって全然慰めにならないだろうけれど。

「ありがとう牧野くん」

 そう言って、一筋の涙を流した水戸さん。

「……私、やりたいこと考えてみるね」

 そのときの笑顔は、とてもとても柔らかくて温かくて。

 ──僕は、このとき思った。

 水戸さんのことが好きなんだって。

 ◇

「な、なんですか」

 目の前に、釘崎くんがいる。

 これ、前にもあった。デジャヴだ。

「最近、水戸さんとよく話してねぇ?」
「いや、気のせいだと思う…けど…」

 僕は、罰が悪くて目を逸らす。

「じゃあなんで目、逸らすわけ?」

 そんな僕を怪しんだ釘崎くんは、逃げた僕の視線を追いかける。

「な、なんでってそれは、釘崎くんが怖いから……」
「はぁ?」

 ──ほら、それ。その表情に態度に声に。

 おまけに。

「そんなに睨まれたら誰だって怖いさ……」

 まるでヘビに睨まれたカエルのようだと思って、怖気付く。

「あー……悪い。べつに脅かしてるわけじゃないんだけどさ、水戸さんのことになるとつい……」

 がしがしと頭を掻いた釘崎くん。

 どうやら水戸さんのことになると、ムキになってしまうらしい。

 釘崎くんが水戸さんのことを好きだと知ってる僕にとって、それは驚くものではなかった。が、自分の思いに気付いてしまった僕は居心地がとても悪かった。

 だから、目を合わせられないのかもしれない。

 それに、〝病気〟のことだけは絶対に言えない。

 水戸さんは、僕でさえも言うつもりはなかったはずだ。それを偶然知ってしまった僕は、それを秘密にするという義務がある。

 だから言えない。誰にも、絶対に。

「牧野くん、ちょっと今いいかな?」

 釘崎くんと話していたとき、水戸さんの声が聞こえてギョッとした僕は分かりやすく動揺する。

「えっ、い、今……?」

 うわー、すごく視線が突き刺さる。ちくちくとかじゃなくて、グサリグサリ。鋭い刃物のような視線が、目の前から真っ直ぐと。

「うん、時間あるかな?」
「いや、ちょっと今は……」

 ちらっと視線を向けると、案の定、釘崎くんの鋭い目つきとぶつかった。

「ほんの少しで大丈夫なんだけど」

 水戸さんの言葉よりも、すぐそばにいる釘崎くんの方が気になって話どころじゃなくなる。

 水戸さんはおそらく〝やりたいこと〟についての話。できることなら今すぐにでも話を聞いてあげたい。が、今は僕にとって少しも、一瞬も、無理に等しくて。

「水戸さん、牧野と最近仲良いね」

 黙って見ていた釘崎くんが会話の中に入り込んでくる。

「え? ああ、うん。牧野くん、すごく優しいんだ」

 ぱあっと表情を明るくさせる水戸さん。

 すると当然のように釘崎くんは、

「……へぇ、そーなんだ」

 分かりやすくテンションが下がって怒りの矛先は僕へと向けられる。

 ほら、やっぱり。すごく睨んでる。恨めしそうな顔して。すごく怖い。こういうのを理不尽って言うんだ。

「それでさ、牧野くんさっきの話の続きなんだけど──…」

 ああ、これはやっぱり無理だ。僕には手に負えない。

「ごめんっ、用事思い出したから!」

 慌てて席から立ち上がると、水戸さんも釘崎くんも少し驚いていた。

「ほんとに、ごめん……!」

 けれど、これ以上、教室で目立ちたくなかった僕は、私情を優先して逃げた。


 ***


「ごめんなさい」

 そして放課後。僕は、平謝りを続けていた。

 これで何度目だろう。

「牧野くんが私がやりたいこと全部やろうって言ってくれたのに、逃げるなんてひどい」

 どうやら水戸さんは、怒っているらしい。

 普段は、温厚な彼女からは想像もつかないほどにむすっと頬を膨らませていた。もちろんそんな表情をしたって可愛いだけだ。

「あのときは釘崎くんもいたから聞けそうになかったし、それに釘崎くん……」

 ──水戸さんのこと好きみたいだから。

「釘崎くんがどうしたの?」

 のどまで出かかった言葉を無理やり押し込めると、

「あ、いや、なんでもない……!」

 全力で何事もなかったかのようにアピールする。

 絶対に言えるはずない。

「と、とにかく、ほんとにごめん。僕が悪かったです。だから、その……」

 許してほしいと懇願すると、クスッと笑い声が漏れるから、恐る恐る顔をあげる。

「私、怒ってないよ。だからもうそんなに謝らないで」

 目の前の彼女は、いつものように穏やかだった。

「ほ、ほんとに……?」
「うん、ほんと」

 どうやら怒っていたわけではないと知り、安堵した僕は体勢を整えてベンチに腰掛けた。

「それでね、牧野くんに言われて考えてみたんだけど」

 さらさらと会話は流れていく。

 水戸さんは、かばんの中から取り出したものを僕に手渡す。

「これは……」

 ルーズリーフの中には、たくさんのやりたいことが①から⑩まで箇条書きしてあった。

「うん。私が今、やりたいこと書き出してみたの。でもほんとはね、もっとたくさんあったの。だけどそれを全部書き出してやろうとすると、きっと時間が足りない」

 まるでそれは自分がいなくなることを予感しているようで。

「足りないって、だからそれは……」

 生きることを諦めないでほしいと言葉を紡ごうとすると、

「──でも私、まだ諦めてないよ」

 今度は期待に満ち溢れているような言葉が落ちるから、「え」僕は理解が追いつかなくなる。

「牧野くんの気持ちを無駄にはしない」

 自分の人生に悲観していることを言ってみたり、希望を持ってみたり。彼女の言葉が目まぐるしい。まるでルーレットのように切り替わる。

「絶対に諦めないから、私のやりたいこと一緒に手伝ってくれないかな」

 そう告げられて、僕の答えは一択だ。

「うん、もちろん」

 だって僕から言い出したことだから。

「よかった」

 と、笑った水戸さん。

 その笑顔を見て、心が温かくなる。

 誰かに必要とされたことが初めてで、不思議な気持ちが心に充満する。

 そわそわして落ち着かない。それなのにぽかぽかと温かくて。

 まるで心の中が満たされるようで。

 この世界に絶望していることがあった僕は、水戸さんによって救われた。

 なんてこと、きっときみは知らない。

 ◇

 その翌日から、水戸さんのやりたいことを達成するチャレンジが始まった。

 放課後、二人して河川敷の芝の上を見つめること一時間。

「……あのさ、これ無理じゃ……ない?」

 僕たちが何をしているのかと言うと、やりたいこと①の四つ葉のクローバーを見つけることだった。

「牧野くん、諦めるの早くない? 私のやりたいこと一緒にしてくれるんじゃなかったの」

 水戸さんと話すようになって一ヶ月以上が過ぎた。段々としゃべることにも慣れて、今では目を見てしゃべれるまでになった。

「いや、それはもちろんするけどさ……探し始めて一時間だけど見つかる気配ないよね」

 広い河川敷をあらかた探してみたけれど、三つ葉しかない。

「うーん、やっぱり無理なのかなぁ」

 やりたいこと①がこれじゃあ他のができないんじゃないかと不安すら湧く。

「牧野くん、今日は……」

 でも、言い出したのは僕だ。

「もう少し探してみる!」

 僕が諦めてどうするんだ。

 まだ一時間じゃないか。そんな弱音吐いてどうするんだ!

 肘の下まで下がっていたシャツをまた捲り上げて、四つ葉のクローバーを探し始める。

 ──ポツッ

 けれど、そんな気合いも虚しく空からは小さな雨粒が降り始めた。

「あっ、雨だ……」

 なんでよりによってこんなときに雨なんて。

「ほんとだ……あっ、水戸さんは帰って大丈夫だよ。僕、もう少し探してみるから」
「で、でもそれじゃあ牧野くんが風邪ひいちゃう」
「僕は大丈夫だから──…」

 こんな雨粒、どうってことない。そう思ったけれど、僕ではなく水戸さんはどうなる?

 雨に濡れて身体が冷えてしまったら、それこそ身体に悪い。

「やっぱり今日は帰ろう」

 慌てて立ち上がると、かばんの中からタオルを取り出して彼女に差し出した。

「え、牧野くん……?」
「か、風邪ひくといけないから」
「でも、牧野くんが」
「うん。僕は大丈夫だから」

 無理やりタオルを広げると、彼女の頭にそれを被せた。

 こんなときに傘を持っていてスマートに助けてあげられたらどんなによかったことだろうか。けれど、そんなこと考えても無意味で。

 とにかく彼女が濡れないようにと、ぴったりとくっついて近くの公園に避難した。


 ***


 それからも何日もかけて四つ葉のクローバーを探し続けた。けれど、なかなか見つからなくて時間だけが過ぎてゆく。

 そんなことに苛立ちを感じていた。

「ないねぇ……」
「う、うん」

 箇条書きされた数字は、まだ一番上。

 ひとつもクリアできていなかった。

「やっぱりこれはやめようかなぁ」

 水戸さんは、諦めモードになる。

 けれど、僕は諦めたくない。

「もう少し僕に探させてくれないかな!」
「え、でも、毎日放課後探すの大変でしょ」
「ううん、全然!」

 大変なんかじゃない。

 むしろ、これは必ず見つけ出したい。

「ここまできたらなんとしても見つけたいから」

 ──四つ葉のクローバーを探し出すことができたら、水戸さんの病気が治るんじゃないかって。

 そんな期待をしてしまう。
 願ってしまう。

「じゃあ私ももう少し頑張る」
「でも、水戸さんあまり無理しない方が……」
「今日はすごく調子がいいの。だから大丈夫」

 陽だまりのような笑顔を浮かべる。

 まるで、病気など患っていないようなほどに元気だ。

「心配してくれてありがとう、日和くん」
「え……ええ?」
「ここまで私たち仲良くなれたのに牧野くんって名字で呼ぶなんてそっけないでしょ? だから日和くんって呼びたいんだけど、ダメ……かな」

 真っ赤な顔をさせて、俯く水戸さん。

 夕焼け色のオレンジが、あたり一面を温かく染める。

 そんなの、ダメじゃない。

 むしろ僕にとってそれはご褒美みたいなもので。

「……呼んでくれると、嬉しいです」

 僕の心は素直だった。

 ──ああ、顔がすごく熱い……

「日和くん顔、真っ赤」

 いつのまにか顔を上げていた水戸さん。

 けれど、それは。

「み、水戸さんこそ……」
「じゃあ……これは夕焼けのせいにしよっか」
「そ、そうだね」

 これは、夕焼けのせい。

 それからしばらく二人とも顔を赤くさせたまま、ぎこちない雰囲気で四つ葉のクローバーを探した。

 ◇

「なぁ、昨日河川敷で牧野が水戸さんといるところ見たんだけど、何してたの?」

 朝、学校へつけば教室の中はそんな話題で持ちきりだった。そのせいで水戸さんの周りには、いつも以上に人で溢れていた。

 そうだ。河川敷でそんなことをしていたら、クラスメイトに見られるのは容易に理解できたはずなのに、すっかり忘れていた。

 水戸さんに迷惑をかけることになってしまった。なんとかして助けなきゃ。

「お、牧野ちょうどいいところに!」

 僕に気がついたクラスメイトの視線は、一斉に僕の周りに集まる。まるで野次馬のようだ。

「お前、昨日河川敷で水戸さんと一緒にいなかった?」

 ここでいなかったと答えたとしても、彼らは納得してくれないだろう。

 だったらここは素直に。

「いたよ」

 肯定した方がいい。

 そんな僕を心配そうに、おろおろと狼狽える水戸さんが視界に映り込む。どうやら僕が〝病気〟のことを言ってしまわないか気にしているのかもしれない。

 安心して、水戸さん。僕はちゃんと約束を守るから。

「なんでお前が一緒にいるんだよ」

 このときの僕は、少し冷静だった。

「ちょっと僕の無くし物を探すの手伝ってもらってただけ」

 いつも自信がなくて、弱くて、目立たない人間なのに。水戸さんのことになると、どうやら僕は強くなるみたいだ。

「探してるとき偶然、そこに水戸さんが通りかかって。優しい水戸さんが声をかけてくれたんだ。だからみんなが思っているようなことはなにひとつないから」

 嘘がするすると口からこぼれ落ちる。

 みんな僕の言葉を聞いて、『なんだよ』『まーそうだよな、牧野だし』と納得しだす。

「もう行ってもいい?」

 寄ってたかって集まられるのは居心地が悪い。僕は早くここから逃げたかった。先頭にいた釘崎くんが「お、おお」と返事をするから、それを聞いた僕は机にかばんだけを置くと、教室を出た。

 べつにクラスメイトは悪い人たちではないと思う。ただ、水戸さんが人気者なだけに僕がそばにいると納得できないらしい。


 ***


 休み時間のたびに水戸さんは僕を気にして何度か声をかけようとしていたが、また僕たちが一緒にいたらクラスメイトは怪しむだろうからと僕は、なるべく水戸さんに距離を取った。

「日和くんっ!」

 お昼休み、購買で飲み物を買った帰り水戸さんに声をかけられる。

「ど、どうしたの?」
「朝のことなんだけど……!」

 水戸さんがなにを言いたかったのか手にとるように分かった僕は、

「あ、あれはあー言ってた方が都合いいと思うし、それに……水戸さんには迷惑かけたくないから」