そのとき、大きなクラクションの音と叫び声が響き渡った。

何が起きたのかわからなかったけど、ひとつだけわかったのは、彼が危ないということだけ。

衝突した2台のうちの車の1台が、彼がいる歩道のところに迫っていた。




わたしがもし、人間だったなら。
病気じゃなくて健康で、彼がくれただけの優しさを返せる、そんなふうに生きれたら。


いままで何度そう思ったかわからない。けれどいまは、いままで以上に強く、そう思った。

間に合うわけない、こんな病気の身体で。走ったとして、彼のもとにたどり着く前には、車が彼を押し潰しているだろう。

驚いて動けずにいる彼の姿と、迫る車。考えた時間なんてきっと一瞬で、考える前には身体が動いていた。



わたしが健康で、人間だったなら。長い脚で走って、長い腕で彼の背中を押せたら、わたしは死んでもきっと彼は助かるのに。

思うように動かない身体をただがむしゃらに動かして、彼に手を伸ばしたそのときだった。