路地裏と彼のアパートだけがわたしの世界のすべてだと思っていたけれど、少し脚を踏み出したら、思ったよりも広い世界が目の前に広がっていた。

信号、横断歩道、車、立ち並ぶでこぼこのビル。右を見ればスーツの人。左にも、同じように。

わたしはきっと、広い世界の狭い部屋でこれまで生きてきた。最期に、こんな世界を知ることができるなんて、思ってもみなかった。



少しだけ感動して、目の前を行き交う人たちを眺めていた。

「……、!」

そのとき、かすかに、声が聞こえた。
彼の声だ。わたしを、確かに呼んでいる。



その声がする方にひたすらに駆けた。
ふらふらで視界が歪むけれど、会いたい一心だった。

道の向こう側に後ろ姿の彼が見えた。
相変わらずガサガサの声で、わたしの名前を呼んでいる。

わたしも気づいてもらえるように、いまできる精一杯の声で鳴いた。