何を話すわけでもないけれど、しばらくそのまま隣り合って座っていた。
家にいた頃と同じように、ただただ一緒にいた。
「一緒に帰ろう……?」
夕日も沈みかけてきた頃だった。
恐る恐るといったように、震える声で彼がそう言ったのは。
耳を疑うようなその言葉に、一瞬うろたえた。
帰りたいと、まだ一緒にいたいと、確かにそう思ってしまったから。
けれど、そんな思いを振り切って立ち上がった。その反動でお気に入りだったマフラーが滑り落ちたけど、気にせずにアパートとは逆方向に走り出した。
名残惜しくて一回だけ振り返ると、彼は落ちたマフラーを拾い上げ、呆然と立ちすくんでいた。
……もう、二度と会うことはないんだろう。
あの優しい手に触れてもらうことも、あたたかい部屋でふたり過ごすことも。仕方ないなあと笑いながら頭を撫でられることも、もう全部。
そんなことを思いながら、今日がさいごになるかもしれないと痛む胸に気づかないふりをして、いまわたしが帰る場所へとただ走った。