アンジェと連れだってなんとなく歩きながら、僕は自分の掌をじっと見つめた。
「幽霊って本当にいるんだな」
不思議でしょうがない。
自分にとっては実体があるように感じられるのに、この姿は生きている人間には見えていないなんて。
「幽霊が言うセリフじゃないよね」
スキップするように歩いていたアンジェが、くるりとこちらを向く。
「幽霊っていう呼び方も、正しいかどうかはわかんないけどね。あたしが勝手にそう呼んでるだけ。他にはたとえば、霊魂、霊体、死霊、亡霊、お化け……タローくんはなにがいい?」
「なんでもいいよ」
ずいぶんとあやふやな説明だな。
とはいえ、幽霊というのは、とてもわかりやすい表現ではある。古今東西、小説や映画や漫画でさんざん描かれたモチーフだ。
まさか、自分がそうなるなんて思ってもみなかったけどな。それはかなりのショックではあるんだけど、だんだん馴染みつつある自分も怖い。
「幽霊が実在するなら、流行りの異世界転生もいけるんじゃないか?」
独り言を口にすると、アンジェが首を傾げた。
「異世界? なにそれ」
「いや、なんでもない。ところで、アンジェって本名?」
「そうだよ。お父さんがフランス人で、正式名はアンジェリーナ・ジョリーっていうの」
「へえ、そうなんだ」
「そんなわけないでしょ! ちゃんとツッコんでよ」
ばしんと肩を叩かれて、それが冗談だとやっと気づいた。
「本当は、生まれも育ちも日本だよ。〈天使〉と書いてアンジェと読むの」
「やっぱり。キラキラネームってやつか」
「もしかして、また本気にした?」
「もしかして、また冗談なのか?」
アンジェが笑いをかみ殺すような顔で口に手を当てている。
礼儀がまったくなっていないどころか、上から目線でからかうこの態度には本当にムカツクが、女子高生を相手に本気で怒るのは大人げない。僕はつとめて冷静な表情を保つ。
「でも、キラキラネームって呼び方はバカにしてると思うよ。名前なんて、本人が気に入ってればなんでもいいんじゃない? だからあたしはアンジェだし、あんたはヤマダタロー(仮)なの」
「そうだな。確かに、僕の偏見だったことは認める。でも、僕は『ヤマダタロー(仮)』を気に入ったつもりはないんだけど」
僕の抗議は聞き流して、アンジェはすれ違う人にちょっかいを出すように手を振ったり、散歩中の犬を撫でたりしている。もちろん、彼女の悪戯に気づく人も犬もいない。
結局、アンジェというのが本名なのか、好きで名乗っているだけなのかわからなかった。もうどうでもいいけど。
「ところで、君も僕と同じで幽霊なんだよな? まさか、死神とか悪魔なんてことはない?」
「ちょっと! あたしのどこが死神とか悪魔に見えるわけ?」
「全体的に黒くて禍々しいから」
それに、常に態度がデカいし。
そんな自覚はなかったのか、アンジェは不満そうに唇をとがらせる。
「高校一年って言ったじゃん」
「そういえばそうだったな。じゃあ、君は僕より若くして亡くなったのか」
「そういうことになるね」
「アンジェはいつから幽霊やってるの?」
「うーん、一ヶ月くらいかな」
「なんだ。案外、幽霊歴は短いんだな」
態度がデカいから、もっと長いのかと思っていた。
「短くても先輩です」
「それは認めてるけど」
「じゃあ、焼きそばパン買って来て」
「買って来ることは不可能だし、もし買えたとしても、どうやって食べる気なんだ?」
「タローくん、つまんない人って言われない?」
ほっとけよ。ていうか、君はウザいって言われないのか?
そう言いたいが、僕は大人なので耐えた。
けれど、彼女のおかげでいろいろ助かったことは感謝している。アンジェが声を掛けてくれなければ、僕はまだ自分の状況に混乱していたはずだ。