「死んだ恋人に助けられるなんて、感動的なシーンだろ? そうだ。今の夢の話、加奈が小説で書いてよ。君への未練で幽霊になった僕が、君を見守り続ける話。僕はなにもできずに、ただ見ていることしかできないんだけど、最後には君を助ける。そういう話。……やっぱり少し地味か?」

「その後はどうなるの?」

「その後?」

 唐突に聞かれて、僕は答えにつまった。

 最後はどうなるんだっけ? そういえば、夢は、尻切れ状態で止まっていた。

「どうせご都合主義なら、私を助けてくれたご褒美に、どこかの女神様がヒロくんを生き返らせてくれたらいいのに」

 急に真顔になって加奈がそんな提案をする。彼女らしくないアイデアだと思いながら、僕はゆるく首を振った。

「それはないよ。僕はずっと幽霊のままなんだ。加奈を助けたのは生き返るためじゃなくて、君に幸せになってほしかったからで……」

 死んだ人間は生き返らない。現実は夢物語とは違うんだ。

 そう言いかけて、ふと疑問に思う。

 これは、夢物語の話じゃなかったか?

 僕は今、なんの話をしているんだっけ?

「小説には書かないよ」

 冷たいくらいきっぱりと言ってから、加奈は微笑んだ。

「その物語はね、誰にも教えずに私の中に大切に取っておくの」

 華奢な両手でなにかを包むようにして、彼女は自分の胸に当てる。

「それは、私の中でキラキラ輝く宝石みたいになって。それがあるから、私はこれからも生きていけるの。その宝石はね、私が死ぬその日まで、思い出すたびに、私を幸せな気持ちにしてくれるの」

 いつもの明るい笑顔のままで。それなのに、加奈の瞳から涙が零れ落ちていく。

「加奈、どうして泣くの?」

 僕の問いに加奈は答えない。

 水晶みたいに綺麗な涙が彼女の頬をつたう。

 気丈な加奈は簡単に人前で泣いたりはしない。こんなふうに、彼女の泣き顔を見るのは初めてのことだった。

 いや……つい最近、どこかで見た気がする。

 どこだったかな。思い出せない。

 僕は加奈を慰めようとして、彼女の手を握った。小さくてやわらかい感触が、愛しくて懐かしい。

 懐かしい……?

 どうしてそんなふうに思うのか。そして、加奈の手に触れられることに、違和感を覚えるのはなぜなのか。

 僕にはもう、君の手を握ることはできないはずなのに。

 君の目は、僕を映さないはずなのに……。

 そして、僕はすべてを思い出す。

 ああ、そうか。

 夢はこっちなのだと。

 これはきっと、加奈が見ている夢なのだ。