瞬間移動という幽霊の特殊能力は、意図して目的の場所へ飛ぶこともあれば、考える間もなく移動してしまうこともある。
そのときは後者だった。気がつくと僕は、加奈を探して街中を移動していた。
日暮れには時間がある。加奈はまだアパートには帰っていない。
最初に加奈の大学へと飛ぶと、既に講義は終わっていた。
他校の内部はどこになにがあるのかわからず、すべての教室や校舎の周辺を残らず覗く。どこにも姿がないことを確かめると、街に出て加奈が立ち寄りそうな場所をひとつひとつ見て回った。
たいして歩かずに移動できるとはいえ、本当に効率が悪い。
同じ幽霊だったアンジェやバンさんとは違って、加奈の気配を多くの人間の中から探し出すのは難しかった。
わざわざ探し回らなくても、いつものようにアパートで待っていれば、夜には帰って来る。それがわかっていても、動かずにはいられなかった。
なにかに急き立てられるように、僕は加奈の姿を探し求める。
加奈に会いたい。
彼女に一目会うまでは、消えるわけにはいかない。
ずっと見て見ぬふりをしてきた自分の本心を認めたら、いてもたってもいられなくなった。
加奈がバイトをしていた書店へと移動する。僕と加奈が初めて出会った場所だ。
店内を一周してみたけれど、レジカウンターの中にも、事務所にも姿がない。今日はシフトに入っていないのか、あるいはもうここではバイトをしていないのかもしれなかった。
加奈とデートした映画館、ふたりで歩いたショッピングモール、ファミリーレストランも回ってみる。どこもたくさんの人がいるのに、一番会いたい人はどこにもいない。
途方に暮れながらも、僕は思う。
世界中に、この街だけでもこんなにたくさんの人がいるのに、なんの接点もなかったはずの僕と君は、出会えたのだと。
それは、奇跡のような偶然。
僕にとって、かけがえのない出会いだった。
それなのに、僕はどうしてあんなふうに、自分の人生から君を切り離してしまったんだろう。
ふと思い立ち、ふたたび書店のほうへと戻ってみる。今度は店の前を通り過ぎて、近くにある喫茶店に入った。
加奈とよく待ち合わせをした、コーヒーが美味しいことで有名な店だ。
加奈はコーヒーを飲めないくせに、その店の落ち着いた雰囲気を気に入っていた。
古めかしいデザインのシャンデリアの下、マホガニーの床が飴色の輝きを放つ。木製のテーブルや椅子も落ち着いた色合いで、最近ではこのレトロな内装が若い女性客に好まれているようだ。
奥行きのある店内には、最後に見たときと変わらない配置で、いくつものテーブルと椅子が並んでいる。わりと空いている時間で、数人の客たちが静かに話したり、ひとりで本を読んだりしていた。
ここで、僕たちはいろいろな話をした。
そのほとんどは、僕が加奈の話の聞き役だった。好きな漫画や小説のこと、学校のこと、バイト中に遭遇した面白い客のこと。いつも他愛ない内容ばかりで、それなのに僕は君の話を聞くのが楽しかった。
加奈と最後に会ったのも、この店だ。
僕が嘘をついて、君と別れたあの日。
あのときの記憶を辿るように、僕は店の奥へと進んでいく。
窓際の一番奥のテーブル。最後に君と座ったその場所に、ひとりの若い女性が座っていた。ふんわりとした薄いピンクのセーターを着て、長い髪を背中に垂らしている。
立ち止まって、その後ろ姿をじっと見つめた。
記憶の中の彼女よりも髪が長い。
だけど、たとえ後ろ姿でも、僕が見間違えるはずがない。
「加奈」
店内のかすかなざわめきを縫って、その名前が耳に飛び込んできた。
そのときは後者だった。気がつくと僕は、加奈を探して街中を移動していた。
日暮れには時間がある。加奈はまだアパートには帰っていない。
最初に加奈の大学へと飛ぶと、既に講義は終わっていた。
他校の内部はどこになにがあるのかわからず、すべての教室や校舎の周辺を残らず覗く。どこにも姿がないことを確かめると、街に出て加奈が立ち寄りそうな場所をひとつひとつ見て回った。
たいして歩かずに移動できるとはいえ、本当に効率が悪い。
同じ幽霊だったアンジェやバンさんとは違って、加奈の気配を多くの人間の中から探し出すのは難しかった。
わざわざ探し回らなくても、いつものようにアパートで待っていれば、夜には帰って来る。それがわかっていても、動かずにはいられなかった。
なにかに急き立てられるように、僕は加奈の姿を探し求める。
加奈に会いたい。
彼女に一目会うまでは、消えるわけにはいかない。
ずっと見て見ぬふりをしてきた自分の本心を認めたら、いてもたってもいられなくなった。
加奈がバイトをしていた書店へと移動する。僕と加奈が初めて出会った場所だ。
店内を一周してみたけれど、レジカウンターの中にも、事務所にも姿がない。今日はシフトに入っていないのか、あるいはもうここではバイトをしていないのかもしれなかった。
加奈とデートした映画館、ふたりで歩いたショッピングモール、ファミリーレストランも回ってみる。どこもたくさんの人がいるのに、一番会いたい人はどこにもいない。
途方に暮れながらも、僕は思う。
世界中に、この街だけでもこんなにたくさんの人がいるのに、なんの接点もなかったはずの僕と君は、出会えたのだと。
それは、奇跡のような偶然。
僕にとって、かけがえのない出会いだった。
それなのに、僕はどうしてあんなふうに、自分の人生から君を切り離してしまったんだろう。
ふと思い立ち、ふたたび書店のほうへと戻ってみる。今度は店の前を通り過ぎて、近くにある喫茶店に入った。
加奈とよく待ち合わせをした、コーヒーが美味しいことで有名な店だ。
加奈はコーヒーを飲めないくせに、その店の落ち着いた雰囲気を気に入っていた。
古めかしいデザインのシャンデリアの下、マホガニーの床が飴色の輝きを放つ。木製のテーブルや椅子も落ち着いた色合いで、最近ではこのレトロな内装が若い女性客に好まれているようだ。
奥行きのある店内には、最後に見たときと変わらない配置で、いくつものテーブルと椅子が並んでいる。わりと空いている時間で、数人の客たちが静かに話したり、ひとりで本を読んだりしていた。
ここで、僕たちはいろいろな話をした。
そのほとんどは、僕が加奈の話の聞き役だった。好きな漫画や小説のこと、学校のこと、バイト中に遭遇した面白い客のこと。いつも他愛ない内容ばかりで、それなのに僕は君の話を聞くのが楽しかった。
加奈と最後に会ったのも、この店だ。
僕が嘘をついて、君と別れたあの日。
あのときの記憶を辿るように、僕は店の奥へと進んでいく。
窓際の一番奥のテーブル。最後に君と座ったその場所に、ひとりの若い女性が座っていた。ふんわりとした薄いピンクのセーターを着て、長い髪を背中に垂らしている。
立ち止まって、その後ろ姿をじっと見つめた。
記憶の中の彼女よりも髪が長い。
だけど、たとえ後ろ姿でも、僕が見間違えるはずがない。
「加奈」
店内のかすかなざわめきを縫って、その名前が耳に飛び込んできた。