振り向けば、派手な恰好をした女の子が同じベンチに座っている。
僕よりも若く見えるが、化粧が濃すぎてよくわからない。それに、この変わった服装。なんていうんだったか、こういうファッション。確か……。
「ゴス、なんとか」
「惜しい! ゴスロリね。ゴシック・アンド・ロリータ」
僕の疑問を察したらしい彼女が、残念そうに首を振った。
スカート部分が膨らんだ黒いワンピースには、フリルだかレースだかごちゃごちゃ付いている。黒のショートブーツは超上げ底。艶やかな長い黒髪には、黒い小さな帽子を載せて。黒々としたアイメイク。口紅も黒っぽい赤。
ファンデーションはやたらと白く、そのせいで顔色が悪く見える。
全体的にどす黒い中で、バサバサの付け睫毛に囲まれた大きな瞳は、淡い空の色を切り取ったようなペールブルーだ。
人形みたいに整った顔だな。
日本人なのか? この青い瞳は本物なのか、カラーコンタクトなのか。そういえば、さっきこの子は日本語を話していたような。
「君は誰?」
「あたしの名前はアンジェ。よろしく」
アンジェって、本名なのか? 〈天使〉というより、彼女の姿はどちらかというと堕天使か死神だ。
「アンジェ……ちゃん?」
「アンジェでいいよ。ちゃん付けとかキモい」
ちゃん付けか、あるいはさん付けで呼ぶべきかという僕の気遣いを、アンジェはあっさりと一蹴した。
「僕の名前は……」
「そういうのどうでもいいよ。友達になるわけじゃないし、どうせもう本名とか関係ないんだから。……そうだなぁ。あんたは『ヤマダタロー(仮)』ね。決まり。タローくん」
「おい。誰が『ヤマダタロー(仮)』だ」
役所や病院でよく見る、書類の書き方の見本で使われるアレじゃないか。というと、全国のヤマダタローさんに悪いが。
それにしても、なんなんだこの子は。
いきなり現れて、一方的にタメ口で会話して。おまけに、初対面にもかかわらず『あんた』呼ばわり。
服装もこの学校では目立ちすぎる。これで講義に出たら教室から追い出されるんじゃないか?
「ところで、アンジェは何年生? さっき『新入り』って言ってたけど、僕は三年だよ」
「あたしは一年」
「やっぱり。後輩じゃないか」
「高校の」
「高校の!?」
後輩どころか、五つも年下じゃないか。
それでも変わらない生意識な態度にはイラッとしたが、今時の高校生なんてこんなものなのか。
「じゃあ『新入り』ってのはどういう意味だよ」
「わからないの? さっきからずっとここにいて、何か変だと思わない?」
アンジェは組んだ膝の上で頬杖をついて、もう片方の手を目の前に向ける。
黒いマニキュアを塗った指先が指し示すのは、さっきと同じように、ただ通り過ぎていく学生たち。僕たちには目もくれず、語り合い、笑い合いながら。
どうして誰もこっちを見ないんだ?
僕ひとりならいざしらず、パジャマ男の隣にゴスロリの女の子が並んでいるというのに。いくら僕の存在感が薄くても、さすがに目を引くと思うんだが。それとも、あまりにヤバすぎて敢えて見ないふりをされているのか。
「あの人たちには見えてないんだよ、あたしたちが」
「見えてない?」
「誰にも、あたしたちの姿は見えないの」
ゆっくりと、子供に教えるみたいにアンジェは繰り返した。
見えてない? 彼女はなにを言っているんだろう。
だけど、目の前を歩いている人たちの様子は、本当にそうとしか思えない。
「まだ思い出さない? タローくん」
どうしてなのか、僕には彼女がこれからなにを言うのか、わかっているような気がする。
聞くのが怖い。
それでも、聞かなければいけない。
気怠そうに通行人を見ていたアンジェの水色の瞳が、僕に向けられた。
「あんたはもう死んでる、ってこと」
僕よりも若く見えるが、化粧が濃すぎてよくわからない。それに、この変わった服装。なんていうんだったか、こういうファッション。確か……。
「ゴス、なんとか」
「惜しい! ゴスロリね。ゴシック・アンド・ロリータ」
僕の疑問を察したらしい彼女が、残念そうに首を振った。
スカート部分が膨らんだ黒いワンピースには、フリルだかレースだかごちゃごちゃ付いている。黒のショートブーツは超上げ底。艶やかな長い黒髪には、黒い小さな帽子を載せて。黒々としたアイメイク。口紅も黒っぽい赤。
ファンデーションはやたらと白く、そのせいで顔色が悪く見える。
全体的にどす黒い中で、バサバサの付け睫毛に囲まれた大きな瞳は、淡い空の色を切り取ったようなペールブルーだ。
人形みたいに整った顔だな。
日本人なのか? この青い瞳は本物なのか、カラーコンタクトなのか。そういえば、さっきこの子は日本語を話していたような。
「君は誰?」
「あたしの名前はアンジェ。よろしく」
アンジェって、本名なのか? 〈天使〉というより、彼女の姿はどちらかというと堕天使か死神だ。
「アンジェ……ちゃん?」
「アンジェでいいよ。ちゃん付けとかキモい」
ちゃん付けか、あるいはさん付けで呼ぶべきかという僕の気遣いを、アンジェはあっさりと一蹴した。
「僕の名前は……」
「そういうのどうでもいいよ。友達になるわけじゃないし、どうせもう本名とか関係ないんだから。……そうだなぁ。あんたは『ヤマダタロー(仮)』ね。決まり。タローくん」
「おい。誰が『ヤマダタロー(仮)』だ」
役所や病院でよく見る、書類の書き方の見本で使われるアレじゃないか。というと、全国のヤマダタローさんに悪いが。
それにしても、なんなんだこの子は。
いきなり現れて、一方的にタメ口で会話して。おまけに、初対面にもかかわらず『あんた』呼ばわり。
服装もこの学校では目立ちすぎる。これで講義に出たら教室から追い出されるんじゃないか?
「ところで、アンジェは何年生? さっき『新入り』って言ってたけど、僕は三年だよ」
「あたしは一年」
「やっぱり。後輩じゃないか」
「高校の」
「高校の!?」
後輩どころか、五つも年下じゃないか。
それでも変わらない生意識な態度にはイラッとしたが、今時の高校生なんてこんなものなのか。
「じゃあ『新入り』ってのはどういう意味だよ」
「わからないの? さっきからずっとここにいて、何か変だと思わない?」
アンジェは組んだ膝の上で頬杖をついて、もう片方の手を目の前に向ける。
黒いマニキュアを塗った指先が指し示すのは、さっきと同じように、ただ通り過ぎていく学生たち。僕たちには目もくれず、語り合い、笑い合いながら。
どうして誰もこっちを見ないんだ?
僕ひとりならいざしらず、パジャマ男の隣にゴスロリの女の子が並んでいるというのに。いくら僕の存在感が薄くても、さすがに目を引くと思うんだが。それとも、あまりにヤバすぎて敢えて見ないふりをされているのか。
「あの人たちには見えてないんだよ、あたしたちが」
「見えてない?」
「誰にも、あたしたちの姿は見えないの」
ゆっくりと、子供に教えるみたいにアンジェは繰り返した。
見えてない? 彼女はなにを言っているんだろう。
だけど、目の前を歩いている人たちの様子は、本当にそうとしか思えない。
「まだ思い出さない? タローくん」
どうしてなのか、僕には彼女がこれからなにを言うのか、わかっているような気がする。
聞くのが怖い。
それでも、聞かなければいけない。
気怠そうに通行人を見ていたアンジェの水色の瞳が、僕に向けられた。
「あんたはもう死んでる、ってこと」