窓に張り付いた初雪が、美しい花びらを咲かせていた、12月半ば。


 立て付けの悪い音楽室のドアのすきまから吹いてくる風がひどく冷たい。


 部室ですらなく、ほとんど倉庫と化した第三音楽室に暖房器具などあるわけもなく。


 冬場の第三音楽室はまさに雪国と化すのだ。


 どこかの教室に配置されるはずだったのか、ただ単に余っただけなのか、廊下に放置されていたところを拝借してきた電気ストーブも、いつものことながら起動が遅い。


 かじかんだ手を何度もさすりながら、譜面台に置いた楽譜を開く。


 ちょうどその時、コンコンと乾いた音が響いた。


「お邪魔しまーす。緋依相変わらず来るの早いね」


 そう言って顔を出したのは、優先輩。


 あんな〝約束〟をしたあと、結局のところ優先輩はほぼ毎日ここへやってきていた。


 かくいう私も最近は家で練習することもめっきり減り、放課後はほとんどここで練習している。


「うちのクラス、ホームルームがないも同然なので。特に話すことはないからさっさと帰れ、って感じの担任なんですよ」


「2年5組……ああ、石橋先生だっけ」


「そうです。よく知ってますね」


「まあな、前に世話になったんだ」


 まだ温まってないストーブの前に2人してうずくまって、少しの時間そんな他愛ない話をして。


 そのあとはひたすら私は練習、先輩は勉強。


 誰かが近くにいて、見られているという感覚があると、自然と背筋も伸びる。


 それでいて、お互いに集中しているから、特に干渉もせず、気を遣わないでもいられた。


 集中力が途切れてリフレッシュしたくなった時には、週に1度くらいふたりで連弾なんかしたりして。


 あの日、誰にも知られることなくひとりで泣いていたら……。


 やけくそになって、黒い感情に飲まれて、何もかも放棄しようとさえしていたかもしれない。


 先輩がいるから、がんばれる──。


 それはやっぱり、魔法だった。



 ──ラヴェル作曲『水の戯れ』


 繊細で、きらびやかな音色に乗せて。


 徐々に広がっていく波紋。

 湖の水面に反射する光。

 静かに天から降り注ぐ雨。

 豪快に吹き上げる噴水。


 形を変えながら、美しい姿を見せてくれる水を、私が描いていく。


 それもまた、きっと魔法。


 私はいつものように丁寧な曲作りをしながら、幻想の世界に身を沈めた──。