「俺、第1志望の大学受かった。春から日本を離れるよ」


「お……めでとうございます」
 

 自分の声が震えているのを感じる。
 

 絶対に受かっている、と確信があったから、それほど驚きはしなかった。


 海外とは言わなくてもどの道別れることに変わりはなかったはずだ。それなのに、やはり心から祝福はできない自分が憎い。

 
「もしかして寂しいって思ってくれてる?」


「……ぜんっぜん思ってません」


 わぁー、自分可愛くな、と冷めツッコミを送る。


「酷いな。泣いてるかと思ったのに」


「……っ、なわけ」


「うそうそ、冗談だから」


 おどけたように言う先輩から目をそらす。


 ……もういっぱい泣きましたよーだ。


 でも今日は泣きません。最後のお別れなのに先輩の姿が涙で霞んだらきっと後悔するから。


「緋依、ありがとう」
 

「なんですか、急に」


 私をまっすぐに見つめるその瞳がなぜか少しだけ潤んで見えた。


「俺さ、今年の春に交通事故で足を怪我したんだよ」


「……え?」


 唐突に先輩が遠い目をして話し始める。


「結構酷い怪我でさ。治るまですごい時間かかったんだ。そのせいで入ってたサッカー部の練習にも行けなくて……」


「プロ、目指してたんですよね?」


「うん、そうだった。でもようやく治ったと思ったら、膝に後遺症が残ったことがわかったんだ。そんなに重い症状じゃなかったけど、もうサッカーはできないって言われた」


 その時のことを思い出したのか泣きそうな顔で笑う先輩に、私は息を飲む。


「俺、悔しすぎてさ、退院した日に公園でずっとボール蹴り続けた。痛くて痛くてたまらなかったけどな」


 ついに先輩の涙が頬を伝う。


「あの時、悟った。もう無理だって」


 私は、なんで、バカみたいな勘違いをして悩んでいたんだろう。


『現実見たんだよ』


 あの先輩の言葉に込められた本当の意味も知らずに、被害妄想ばかり膨らませて。


「そのあと立ち止まってるわけにはいかなくて、俺は俺の怪我を治してくれた医者になろうって決めたんだ」


「……やっぱりすごいですよ、先輩は」


「すごくなんかないよ。元々頭は悪くなかったけど、思った以上に勉強は大変でさ。正直サッカーから切り替えきれてないところもあったりして、諦めようとしたこともたくさんある」


 でも、と先輩は顔をあげる。


「緋依がいたから」


「私……?」


「そう、俺と同じように苦しんでて。それでも夢に向かって進む緋依が、一緒にがんばってくれたから」


 ──俺は、ここまで来れた。