卒業式が終わり体育館から出てくる3年生に会うために、在校生たちが一斉に移動を始める。


 いつしか私は教室にひとり、取り残されていた。


 窓から眺めた外の様子は、青春ドラマの1ページみたいに、煌めきに満ちていて。


 笑顔と涙。歓声とカメラのシャッター音。そこらじゅうから溢れる色が、集まって大輪の花を咲かせる。


 きっとあの中に先輩がいる。知らず知らずのうちに、その姿を探している自分がいた。


 先輩は人気者だから最後までたくさんの人に囲まれてるんだろうな。もしかしたら今頃告白なんかされてるかもしれない。


 そんなことを考えていたら、ふいに涙が溢れる。


 無性にピアノが弾きたい。あの日みたいに、今この瞬間の気持ちをぶつけたい。
 

 気づいたら、教室を駆け出していた。


 向かう場所なんかひとつしかない。


「あ……」


 ──聴こえる。


 月からこぼれ落ちた光の結晶が、集まって私を優しく包み込んでいく。


 一瞬の躊躇い。


 でも、今はただそこにいるとわかれば、先輩に会いたくてしょうがない。


 覚悟を決めて、ただ前を見据えて、先輩の音色(いろ)を追いかける。


 もう後戻りはできない。しない。


 ほんとは伝えなくちゃいけないこと、たくさんある。


 『ごめんなさい』と『ありがとうございました』


 それから、それから。


 ──『だいすきです』



 せんぱい、先輩──


「優先輩。」


 私にたくさんのことを教えてくれた人。


「──緋依。」


 ひさしぶりに見る先輩の笑顔はなんだか前よりも大人びて見えた。


「絶対来てくれると思ってた」


 ピアノの鍵盤の蓋に腕をついて、顎に手を添えた先輩を、太陽の光が照らす。


 そんな姿にさえ、ドクンと胸が高鳴る。

 
「……こんなところにいていいんですか? 最後なのに」
 

「最後だから、緋依といたかったんだ」


 先輩は座っていたピアノの椅子の右側を指さす。「座って」と。


 それからひとつ、ふう、と息を吐いて口を開いた。