「お久しぶりっすね、先輩」


 盗み聞きはいけないとわかっていながらも、少し歩調を緩めて、聞こえてくる会話に集中してしまう。


 サッカー部の先輩、として後輩に接する優先輩に、なんとなく私と過ごしてるときとはまた違った頼もしさを感じる。


「なんで先輩、部活やめちゃったんすか? プロ目指してたんすよね?」


「お、お前、それは聞くなって……!」


 そんな話題が聞こえてきて、思わず足を止める。


 どういうこと? やめた? 先輩は部活を引退したんじゃ……。


 聞いちゃいけない。聞かないほうがいい。妙な焦りが襲う。


 でも好奇心ばかりは止めることができなくて。



「──現実見たんだよ。プロサッカー選手なんて俺がなれるわけないだろ?」



 心做しか少しだけ冷めた声が、鼓膜を揺らした。

 
「嘘……」


 誰にも知られず、そんなつぶやきが空気に溶けて。


 ぐちゃぐちゃに混ざりあった感情のまま、その場から駆け出した。



 ──狭き門だから難しいかもしれないけど、ピアニストになりたい。


 そう言った私を応援してくれた先輩は。


 心の中で私に、現実見ろ、なんて言ってたのかな。


 私にはなれるわけないって思ってたのかな……。


 嫌な妄想は始めたら、止まることを知らない。先輩との別れを突きつけられたあとだから、余計に悲観的になっていたのかもしれない。


「はぁ……」


 見上げた夜空は、とても暗い。


 その日は月のない夜。新月の夜だった。







 それから一週間、私はなんとなく先輩を避けるようにして音楽室に通うのをやめた。


 ──でも、私は忘れていた。


 一週間が過ぎた、その日から始まる冬休み。


 たとえそれが終わっても、一月から学校へは来なくなる3年生にはもう会えないんだってこと。


 そうして私の魔法の放課後はあっけなく終わったのだ。