時瀬くんと付き合う前までのわたしは、人がどんな顔をしていて、どんなふうに笑うかなんて気にかけたこともなかった。

 どうせわからないんだって、初めから諦めていた。

 それなのに、うまくとらえることのできない時瀬くんの表情を知りたくて胸が切なくなるのは、彼のことがたまらなく好きだからだ。

 わたしのより一回りは大きい、指の長い時瀬くんの手。つい、その手をぎゅっと握りしめると、時瀬くんが明るい茶色の髪を揺らして振り向いた。

 驚かせたのか、困らせたのか、時瀬くんの眉の端がほんの少し下がっている。


「あの、さ……。言おうかどうか迷ってたんだけど……」

 なんだか重たげに響いてくる時瀬くんの声に、わたしは少し不安になった。

 もしかして、急に手を握ったりしたから不快に思われたのかな……。

 怯えたように一歩下がると、時瀬くんが「なんで離れんの?」と、わたしの手をグイッと引っ張る。