君だけのアオイロ


「そう、だった?」

「そうだったよ。だから、顔上げて」

 通行人たちに好奇の視線を向けられていることに気付かないなんて。よっぽど余裕がなかったんだな。

 まだ少し腫れぼったい榊の瞼を見て、苦笑する。

「で? おれは、榊が取り乱した事情にどこまで首突っ込んで平気なの?」

 このまま黙って腹の探り合いをしたところで、どうにもならない。おれはテーブルに肘を付くと、思いきって自分から榊に詰め寄ってみた。

「本当は話さずに済めばいいって思ってたけど、そういうわけにはいかないよね……」

 椅子の背もたれに背中をくっつけるようにして身をひいた榊が、うろうろと視線を彷徨わせる。

 しばらく逡巡した後、榊が少し苦しげに息を吐きながらおれに告げた。

「あのね、わたし、人の顔がうまく区別できないんだ」

「え、どういう意味?」

「そのまんまの意味だよ。実はわたし、家族も友達も、どんな顔をしてるのかよくわかってない」

 榊の話をうまく理解できずに眉根を寄せると、彼女が困ったように微笑んだ。