「ごめんなさい。わたし、わからなくて。時瀬くんのことは絶対に間違えないって思ってたんだけど……。ごめんなさい……」

 榊が涙声で何度も謝ってくるけど、言っていることは相変わらずよくわからない。

「さっきからずっと言ってる間違えたってなに? おれとあの男のスニーカーを間違えたってこと? だったらそれは、待ち合わせ相手のことをスニーカーで判断してる榊がおかしいだろ。そんなことしなくても、あの男の顔を見れば相手がおれじゃないことくらいすぐにわかるじゃん」

「わからないの……」

「は?」

 問い返す声が、きつく尖る。

 わからないのは、こっちのほうだ。

 さっきからずっと一方通行のままに話が進んでいるように思えて、苛立ちが募る。

「わかんねーのはこっちだよ。おれは、今日の約束を決めるときに、気が進まなければ断れって何度も言ったよな。他の男についていくくらいなら、初めからおれたちの誘いにのらなければよかっただろ」

「だから、違うの……!」

 榊が、おれに向かって叫ぶ。

「わたしには、わからないんだよ。顔を見たって、時瀬くんと、さっきの人の区別がつかない。もし時瀬くんが気付いて止めてくれてなかったら……、そう思ったらものすごく怖いよ。嘘でも冗談でもなくて、ほんとうにわからないんだから……」

 眉根を寄せて必死に訴えかけてくる榊の目から、大粒の涙がぼたぼたとこぼれて地面に落ちる。