「じゃあ、これで……」
吉原先生にぺこっと頭を下げて美術準備室を出る。
美術室に戻ると、榊がちょうど椅子を片付け終えるところだった。
「なぁ」
後ろから声をかけると、榊がビクリと肩を揺らして振り返る。
そんなびびらなくてもよくない……?
眉根を寄せて、はぁっと短く息を吐く。美術室の端でおどおどと立っている榊に近付いていくと、彼女がすっと視線をおれの足元に落としながらつぶやいた。
「時瀬、くん……?」
文化祭のときと同じ、確かめるような少し語尾上がりな名前の呼び方だ。
癖なのかもしれないけど。もし無意識にやってるのなら、人を苛立たせる癖だ。
声をかけただけで過剰にびびられたせいで、その語尾上がりの呼び方に苛立ちが増した。
「榊ってさ……」
「今日は付き合ってもらってありがとう」
榊ってさ、おれのこと嫌いだよな。
嫌味でも言ってやろうと思ったら、榊がうつむきがちに笑いながらお礼を言ってきた。おかげで、一気に毒気が抜ける。