「そういえば、蒼生くんと初めてちゃんと話したのって、放課後の美術室だったね」
「ああ、人物画の課題に付き合ったときな。あのとき柚乃が描いたおれの顔、びっくりするくらい別人だったよな」
「わかんないけど……、そうだったのかな」
思い出して、ふっと笑うと、柚乃もおれの腕の中で肩を揺らす。
「昨日、陽菜に、顔もわからないのに蒼生くんのどこが好きなのって訊かれてね、わたし、ちょっとだけドキッとしたんだ。これまで人の顔なんてわからなくてあたりまえだったんだけど、蒼生くんと付き合い始めてからのわたしは、蒼生くんの顔がちゃんとわかるようになりたいって思う気持ちが芽生えてて。蒼生くんがどんな顔して笑うのか、どんな顔して怒るのか、どんな顔して泣くのか知りたくて。それがわからない自分が悲しくて、もどかしかった」
さっきまで思い出話に笑っていた柚乃が、急に改まった声で話し出したから、ドキッとする。
「泣くのはあんまり見られたくないけど……」
場の空気を濁すように冗談混じりにそう言うと、柚乃が静かにふっと笑った。
「でもね、わたしが蒼生くんのことを好きになった理由は、初めから見た目じゃないから」
おれの胸に額を押し付けた柚乃の声が、響いて振動する。