吉原先生に強引に押し切られたおれは、美術室の端っこで、イーゼルにスケッチブックを立てた榊 柚乃の前に座らされている。彼女の描く絵のモデルとして。


「よ、よろしく。なるべく早く済ませるね」

 吉原先生の手前、おれのことを拒否できなかったのもあるだろうけど。自らおれの座る椅子を用意してくれた榊の態度は、高一の体育の授業中とは違って、そこそこ友好的だった。

 だけど、榊がおれのことを嫌っていることには変わりないらしい。スケッチブックを挟んで向き合う榊の態度からは、その事実が隠しようもないくらいに透けて見えていた。

 榊 柚乃は絵が上手い。美術の授業で果物のデッサンをさせられたときも、写真を基に好きな風景を描かされたときも、彼女の絵は本物以上にリアルに見えた。

 色の使い方や重ね方だって、なんとなく美術を選択したおれの絵とは違って、ちゃんとアートだった。

 でも、おれの前で鉛筆を持った榊は、描き出す前にこちらを一瞥したきり、スケッチブックから一度も視線を上げない。

 おれは一応、榊の絵のモデルとして座っているはずなのだが、彼女は絵を描くにあたって、おれの顔を全くもって参考にしていなかった。

 横を向こうが、欠伸をしようが、榊はおれに何も言わない。なんだったら鼻くそをほじってても、おれを見ないかもしれない。

 こんなんで、わざわざモデルなんてやる意味あるか……? おれなんて、別にいなくていいんじゃない?

 だんだんとバカらしく思えてきて、床を蹴るようにして椅子から立ち上がる。