柚乃に遅れて美術室の中に足を踏み入れると、彼女がゆっくりと振り返った。
「これ、さっき陽菜が返してくれた」
規定服の紺のスカートのポケットから何かを取り出した柚乃が、その手をおれに向かって差し出す。反射的に上を向けた手のひらに柚乃がのせてきたのは、失くしたはずの青のコードブレスレットだった。
「返してくれたって、どういうこと? なんで江藤がブレスレット持ってんの? ブレスレットを盗ったのは、昨日おれのフリして柚乃に近付いてきた男だろ?」
「うん。その男の子ね、隣のクラスの横谷くんて子だったみたい。蒼生くんのブレスレットを盗ったのも横谷くん。だけど、そうするように頼んだのは陽菜なんだって」
横谷という名前を聞いて思い浮かんだのは、おれと同じくらいの身長の茶髪の男子の顔だった。
特別目立つようなやつじゃないけど、運動神経が良くて協調性もあって、特に球技の授業のときに好プレーを出してチームメイトから頼りにされてる印象だ。
おれとは直接の知り合いじゃないし、たぶん話したこともない。そんなやつが、どうして江藤におれのブレスレットを盗るように頼まれるんだ……? さっぱりわからない。