「蒼生、くん……? なんで戻ってきたの?」

 泣きそうな声で訊ねたら、彼がペタン、ペタンと上履きの底で床を鳴らしながら階段をひとつ、ふたつと駆け上がってきた。


「なんで、って。そりゃあ、戻ってくるだろ。柚乃のこと待たせっぱなしだし」

 話しながら、彼がペタン、ペタンと上履きを鳴らして、またひとつ、ふたつと距離を詰めてくる。


「すぐ話しつけるって言ったのに、遅くなってごめんな。山崎のやつ、何度説明しても全然納得しなくてさ。おれ、完全に濡れ衣なのに、山崎が親に電話するとか言い出しやがって。たまたま通りかかった吉原先生が助けてくれて、なんとか逃げ出せた」

 ペタン、ペタンと階段を上ってきた彼との距離が、さらに縮まる。わたしの二段下で足を止めると、目の前に立った彼がじっと顔を覗き見てきた。


「ていうか、何あったの? 柚乃、泣いてた?」

 わたしの目元に、そっと伸ばしてきた彼の手が触れる。近付いた彼から、ふわっとバニラみたいな香りが漂ってくる。その手が肌に触れる感覚と甘くて優しい香りを、わたしはとてもよく知っていた。