風邪で会社を休んだときの話

風邪で会社を休むと連絡を入れたら、
上司に小一時間ほど叱責を受けた

通話音量をハンドジェスチャーで下げ、
ひととおりの謝罪と説教に対する
気だるい返事を混ぜてやり過ごした

風邪をひいた人間が会社に行ったところで
なにができるわけでもないのに…

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「こんな時期に休むとはなにごとだ。」
とはまあ繁忙期なので当然のお叱り

しかし前夜に酒席に付き合わされ、
しこたま飲まされたとこまでは覚えている

気づけば頭に酒を浴びせられて、
酔いつぶれた私は上司に放置され
施設の警備ロボットに通報された

体調を崩して当然だ。
人間なので仕方がない

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体調不良の人間が
会社に出向いたところで
やれることといえばひとつのみ

風邪を他人に伝染させないことだ

書類に判を押す程度ならば
上司ひとり居ればこと足りる

きっと上司は
私が居なくて寂しいのだろう
と心中を勝手に察する

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ウチの会社は工業製品を取り扱っている
下町の工場を想像してくれていい

納品する大事な製品のために、
前日のアルコールを残さないよう
毎月注意喚起が行われている

とはいえ上司は酒に強いのが自慢で
そんなことを気にもせず
酒が飲める私を強制連行したのである

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競合他社はすでに全自動化を導入していて
生産数や品質評価は追い抜かれてしまった

にも関わらず、上司ときたら
やらた手作業にこだわりを持ち続け
ぬくもりなるものをある種、信仰している

工業製品にぬくもりは必要ない

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そもそもだ。

私ひとりが会社を休んだところで
業務に支障をきたすようであれば、
それは会社の基盤に問題があるだろう

少子高齢化と万年人手不足の業界だったが、
自動化導入以降は上手く回っている

このように業務中でも上司が小一時間も
説教を垂れながす余裕もある

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後輩の私をよほど気に入っているのか
それとも単にストレスのはけ口にしてるのか

そんなに会社がイヤなら
辞めてくれてもいいのだが、
上司には肩身の狭い家庭がある

決してよい家族関係ではないようで、
よく私にグチをこぼしている
しかし同情の余地はない

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上司の言動はまるで、
牧羊犬に逆らうヒツジが
牧柵を壊そうとしている姿にも見える

牧柵を壊せば牧羊犬よりも恐ろしい
オオカミに襲われるのが想像につく

上司の行動は矛盾だらけだ

だから反面教師、もとい反面上司として
後進の育成に役立つ
かもしれない

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私は上司を嫌ってはいないが、
時代錯誤の象徴のような人物で
社内では当然ながら孤立している

新しいものを受け入れられず
過去に自分が正しいと思ったものを
否定されたくないのだろう

将来あぁはなりたくないとは
彼を毛嫌いする同僚の誰かが言っていた

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私たちが暮らす時代はとても豊かだ

あらゆる製品の自動化が進み
機械が勝手に掃除をして
機械が予定どおりに洗濯を済ませる

機械についたカメラに向けて
ハンドジェスチャーで指示するだけで
もうスイッチに触れる必要もなくなった

だが上司とは過ごした時代が大きく異なる

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「いまや会社は学校の延長だ。」

狭い社会であると同時に
人間関係を構築する場だ

それぞれに立場があり
主従を決めることで
命令系統が成り立つ

これは上司の考えで、
私はそれに同意したので
気に入られたらしい

私はハンドジェスチャーで通話を切って
古いゲーム機のスイッチに触れた

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風邪といつわり会社を休み、
今日はいちにち古いゲームにふける

上司を時代錯誤と呼ぶのなら
私も時代錯誤に違いない

いまは繁忙期だが、
私たち人間が会社に行ったところで
やることは無いに等しい

工業製品をつくる私の会社では
機械人形があらゆる業務をこなす

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会社の人間である私たちは、
機械人形の行動に印鑑を押すだけになった。
ぬくもりを込めて…

社会は機械人形であふれ、
私たちは今日もヒツジのように生きている

人間はもう、かれら無しに
生きていけないのだから――