身分違いの恋〜叶わぬ夢と諦めて

「そうか、ゆかり、よろしく頼む」

「錑は立木さんの保護者みたいね」

「保護者?それを言うなら彼氏って言ってほしいな」

「えっ?錑は立木さんと付き合っているの?」」

私は思わず「違います」と否定した。

「そんなにはっきり否定させたらへこむな」

「すみません」

「総務部に言っておくから、ゆっくり休んでいろな」

「ご迷惑かけてすみません」

「ああ、全然大丈夫、役に立ててよかったよ」

社長は医務室を後にした。



あれ?医務室のゆかりさんと社長はどう言う関係なの?お互いに名前を呼び捨てしてたし、ゆかりさんは社長にタメ口だった。

もしや彼女?

北山ゆかり、桂木ホテルリゾート株式会社医務室に勤務している女性だ。



どれ位時間が経っただろうか、同じ総務部の後輩の友紀ちゃんが様子を見に来てくれた。

「みゆ先輩大丈夫ですか?貧血って聞きましたけど……」
「友紀ちゃん、心配かけてごめんね、部長なんか言ってた?」

「社長がみゆ先輩の様子伝えにきて、ゆっくり休ませてほしいって言ってくれたから、部長何にも言えなくて、社長のおかげですね」

「そうなんだ」

「社長って優しいですよね」

「そうだね、社員思いだよね」

「やだ、社員思いじゃなくて、みゆ先輩を思ってるんですよ」

「えっ?違うよ、ないない」

「みゆ先輩、鈍感すぎですよ」

友紀ちゃんはそう言ってくれるけど、私は信じられなかった。

社長が私を思ってるなんて、天地がひっくり返ってもありえないと思った、
だって社長にはゆかりさんいるし……

まだ頭がふらふらする、これじゃ仕事どころじゃないかも……

もう少し横になっていようと思っていたら、まただいぶ寝てしまった。

目が覚めると「大丈夫?」と私の顔を覗き込んでいた男性がいた。

「社長?」

「だいぶ顔色良くなってきたな」

「本当に申し訳ありません、ご迷惑おかけしてしまってすみません」

上半身を起こして頭を下げた。
「もう就業時間過ぎてるから帰ろうか、送って行くよ」

「大丈夫です、一人で帰れます」

「栄養足りてないんじゃないか、飯食って行こう社長命令な」

私は社長と食事することになった。

社長と二人で会社を後にした。

私はたっぷり寝たおかげで元気になった。

「何食べたい?」

「あのう、私と食事なんてゆかりさんにちゃんと説明してくださいね、誤解されたら可愛そうなんで……」

「ゆかり?わかった、ちゃんと言っておく」

「嫌いな物あるか?」

「無いです」

「そうか」

あれ?社長は運転手付きの車じゃないの?自ら運転するの?と疑問に思い聞いてみた。

「あのう、社長自ら運転するんですか」

「いつもは運転手付きの車なんだけど、みゆと二人がいいなと思って」

みゆ?なんで呼び捨て?恋人同士じゃあるまいし……

「そうだ、俺のマンション行こう、ルームサービス頼めばゆっくり出来るし、そうしよう」
えっ?社長のマンションで二人?いやいや無い無い、私自意識過剰だ、考え過ぎだよね、だって社長にはゆかりさんがいるし……

社長のマンションは高層ビル四十五階建、こんな素敵な所に住んでいるんだ、私のボロアパートとは比べものにならない、もう出るのはため息ばかり。

「お帰りなさいませ、桂木様、今日はお客様とご一緒ですか?」

「彼女になってほしくて口説いてるんだけど、中々OKもらえなくて」

「そうですか?素敵なお嬢様ですので難しいかもしれませんよ」

「ご挨拶が遅れました、当マンションのコンシェルジュ横尾と申します、よろしくお願い致します」

「立木みゆと申します、桂木ホテルリゾート株式会社の社員です、社長の言う事真に受けないでくださいね、社長には彼女いるんですから」

「いねえよ、みゆへの気持ちは本気だから」

社長に見つめられて心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
ゆかりさんがいるじゃない、まったく社長は何考えているかわからない。






俺は休憩室でみゆと会った時、自分の目を疑った。

ずっと捜し求めていた女性が目の前にいたからだ。
一年以上捜して諦めかけていた矢先の出来事だった。

まさか、親父の会社の社員だったなんて……
灯台下暗しとはこの事を言うんだと改めて感じた。

立木みゆ、俺の目に狂いはなかった。

俺よりだいぶ年上なのに年齢差を全く感じさせない。

しかもめっちゃ可愛い。

控えめなのに、自分の意見をしっかり持っている女性だ。

俺は迷いも無くマンションへ誘った。

食事をしてデートを重ねてなんて悠長な気持ちは全くなかった。

みゆへの気持ちが今にも溢れ出しそうで、耐えられなかった。

今すぐにでも抱きしめてキスをしたかった。

いや、このまま結婚して一緒に暮らしたかった。

みゆとの生活は嘸かし楽しいだろうとあらぬ妄想が脳裏をかけめぐった。

俺は部屋に入るなり、みゆの腕を引き寄せ抱きしめた。

「男の部屋に着いて来るってことは覚悟出来てるってことだよな」

えっ?嘘、だって社長にはゆかりさんがいるじゃない。

私は社長から離れてなんとか誤魔化そうとした、そして話題を変えようとしたが、何も思いつかない、社長から離れるためにソファの周りをクルクル回っていた。
社長はソファに腰を下ろし、隣に座るように促した。

「みゆ、ここに座って」

どうする、どうする、私、覚悟を決めて言われるままにソファに腰を下ろした。
ジリジリと社長は私の方へ寄ってきた。
そして唇が重なった。
ドキドキする、信じられない、社長とキスしてるなんて……
どんどんと激しくなっていく、舌が絡み合って息が出来ない位に吸いつく社長の唇。

その時部屋のインターホンが鳴った。

「ちょっと待ってて」

社長が応対すると、コンシェルジュの横尾さんが料理を運んでくれた。

「お待たせしました、ごゆっくりとご堪能ください、失礼致します」

横尾さんが部屋を後にした。

「お腹空いたな、食べようか」

「あっ、はい」

「いただきます、めっちゃうまい、みゆも早く食べな」

「あっ、いただきます」

「明日仕事休みだから泊まっていけよ」

「えっ、帰ります」

「どうして?」

「どうしてって、恋人でもない男性の部屋に泊まることは出来ません」

「じゃ、今からみゆは俺の恋人な、それなら問題ないだろ?」

「いや、そう言うことじゃなくて……」

社長はコンシェルジュの横尾さんに連絡を取り、お泊まりセットを持って来るように指示をした。
「社長、困ります、私……」

「俺のこと嫌いか?」

「嫌いじゃないですけど、今日会ったばかりで、はっきり言ってよくわかりません、それに社長には彼女いるじゃないですか」

「彼女?だからいないって」

ゆかりさん彼女じゃないの?私の頭の中は理解不能になった。

「はっきりわからせてやる、俺に惚れさせる」

そう言うと社長は、激しいキスの嵐を私に浴びせた。

あ〜っ、もう駄目、蕩けそう
身体の力が抜けていく、これは夢?幻?
心臓のドキドキが加速を上げていく、このまま最後まで行っちゃいそう、駄目と思いながら身体は正直に反応していた。

社長は私を抱きしめたまま、すやすやと眠っていた。
眠っている顔もかっこいい、なんで?どうして?
絶対これは夢だよね。
信じられない、イケメンで若くてかっこいい社長が、アラフォーの冴えない私を抱くなんて、世の中がひっくり返っても起こらない出来事だと思う

そうだ、帰ろう、ここまでなら過ちで忘れられるこれ以上は駄目だよ。ゆかりさんに申し訳ない、
私は社長のマンションから逃げ出した。

どこをどう歩いたか全く覚えていない。
自分のアパートに着いたのは、もう朝方だった。
それから私は爆睡した。

朝方俺はベッドにいるはずのみゆがいないことに気づいた。

「みゆ?みゆどこだ?」

俺は愕然とした、まさかみゆが帰ってしまうなんて……

「またかよ、なんで俺の言うことは信じて貰えないんだ、遊びじゃねえのに」

いつもの俺ならあっさりと諦めていた。
しかしみゆへの愛は違っていた。

俺はみゆとの連絡用にスマホを購入した。

俺は月曜日が待ち遠しく、みゆへの愛がより大きくなった。



月曜日がやってきた。
私の中では社長との一夜はリセットされ、過去の出来事として処理しようと脳が働いていた。

貧血で倒れた週末のおかげで仕事が溜まっていた私はすこし早く出社した。
コピー機の前で作業していると、急に後ろから抱きつかれた。
びっくりして「きゃっ!」と声を上げた。

「そんな可愛い声出すと押し倒したくなる」

後ろを振り向くと声の主は社長だった。

「社長!おはようございます」

「おはようございますじゃねえよ、心配したぞ、なんで帰った?」

「あっ、え〜っと……急用思い出しまして」

「それなら俺を起こしてくれればいいだろう、そんなに俺は信用ないのか、頼りないか?」

「そんなことはないですけど、ご迷惑かと思ってわがまま言えないですし……」

「みゆのわがままならいくらでも聞いてやるよ」

社長は安堵の表情を私に向けた。
ヤバイ!かっこいい、このままじゃどんどん好きになっちゃうよ、どうしよう。

「そうだ、これ」

社長は紙袋に入った物を私に手渡した。

「なんですか?」

「スマホ、俺との連絡用の」

「私は大丈夫です、必要ないので」

「俺が必要なんだよ、不便で仕方ねえ、だから持ってろ」

「でも……」

「俺の名義だから何も心配しないで大丈夫だ」

「困ります、あの、受けとれません」

「社長命令だ、わかったな、今晩電話する」

「あっ、はい」

私は渋々スマホを受け取った。

うちに帰り、スマホを開けてみる。
よくわからない、私は特に機械オンチで、だからスマホは持たなかったのに……