照りつける太陽がもっと主張しても良いはずなのに、ここ最近は暑さだけをしっかり残したまま、灰色の空色が続いていた。

机に頬杖をつきながらぼんやりと外を眺めていると、頼りない雨が外の視界を霞めている。

窓越しに見える桜の木には、一匹のアブラゼミが雨に負けまいと、大きな声で夏を主張している。

けれど、今のところ雨が止む気配は全くない。

教室中には湿気を含んだ空気が充満していて、それが余計に憂鬱な気分にさせてくる。

今日も教室にいるだけで精一杯かもしれない。いや、いられるだけまだマシか。

「おっはよー!」

さっきまで教室中に漂っていた灰色の空気は、櫻井絵里ちゃんの一言で明るい色に彩り直される。そして私の鬱々とした気分は少しだけ晴れ間を覗かせる。



「おー櫻井!おはよー」

「櫻井さん、今日も元気だね」

「へっへー。あ、水沢さんおはよー!」

「おはよー」

クラスのアイドルともいえる絵里ちゃんを筆頭に、教室中に『おはよう』が浸透していく。

絵里ちゃんは忙しなくクラスメイトに挨拶をし終えると、ようやく私の隣の席にたどり着いた。



「おっはよー沙希!」

「あ、絵里ちゃんおはよう」



最大級の愛嬌を振り撒かれると、私もつられていつもより声の大きさが二割増しになる。



「明日から夏休みだね!沙希は何するの?やっぱ旅行なんか行ったりするの?」



私の方を向きながら鞄から取り出した教科書を机の中に突っ込んでいると、するりとカバンからプリントが抜け落ちた。



「ねえ聞いてよ!昨日バイト終わったの十一時だよ!店長に私一応高校生なんですけどって言ったんだけどね!ごめんごめんしか言わないんだよ!まったく、いくら人がいないからって酷すぎない?もう辞めてやる!」



愚痴を聞いているはずなのに、絵里ちゃんが言うと、なんだか楽しい話をしているように聞こえてくるから不思議だ。



「それでねそれでねー」なんて話を続けようとするけど、そろそろ気付いてほしいから私は頭の中で「絵里ちゃん気付いて」って念を送りながら、わざとプリントにチラチラと視線を送る。



「……ん?どうしたの?あ、やだ私、落としちゃってた?」

「うん」



私の念が届いたようだ。



「えへへ……ありがとう!さすが沙希。いつも細かいところに気が付くよね」

「私からはよく見えるところだったから」



絵里ちゃんは私と性格が正反対で、底抜けに明るい性格をしている。

誰かと話しているときはいつもにこにこしているし、相手を傷付けない言葉を選びながらも、自分の思ったことはきちんと話す。

絵里ちゃんは小学生の時からの同級生で、私にとって唯一の友達かもしれない。いや、友達はちょっと言い過ぎかもしれない。

向日葵のように明るい絵里ちゃんが眩しすぎて、時々くらくらしてしまうことがあるし、ずっと一緒にいるとしんどくなってしまうことだってある。

けれど、底抜けに明るい絵里ちゃんには何度も助けられている。今の高校生活もなんとか過ごせているのは絵里ちゃんのおかげだし。

それに、お昼休みになると一緒にお弁当を食べてくれたり、頻繁にボランティア部に入部しないかと誘ってくれたりする。

クラスの人気者だからいろんな人と仲良くするのに忙しくて、高校進学と共に私と絵里ちゃんが一緒にいる時間はどんどん少なくなっていった。

でも、その距離感が今の私には丁度良かった。



さっきまで「もう辞めてやる!」とかなんとか言っていたのに、いつの間にか、



「でもね!バイト先の上林先輩が昨日最後まで手伝ってくれたんだよ!」


って話に替わる。

ファミレスでアルバイトをしている絵里ちゃんは、どうやら大学生の上林さんがお気に入りみたい。

ひとしきり私に昨日のことを報告し終えると、顧問の先生に提出するプリントの期限を延ばしてもらえるように交渉しに行くとか言って、パタパタと教室を出ていった。

なるほど提出期限は守るものだと思っていたけれど、どうやら絵里ちゃんは引き伸ばすものだと考えているらしい。

私にはその発想がなかった。先生に直談判するなんて、やっぱり絵里ちゃんの行動力は凄まじい。



ーー絵里ちゃんのようになりたいなんて、もう何度思っただろう。