玄関の土間から見上げていたから余計にそう思ったのかわからないけれど、男の子は背が高く、すらっとしている。
運動部に入っている男の子と比べると、頼りないようにも見えるけれど、かと言ってガリガリという言葉で表現するのはどうかと思う。
所々にはねている癖っ毛は、それがこの男の子のトレードマークに違いない。
「紹介するよ。この子がうちに居候している子。名前は、まやくん」
「はじめまして」
彼は礼儀正しいのだろう。深々とお辞儀をしてくれた。
「はじめまして。一ノ瀬沙希と言います。よろしくお願いします」
こういう時、絵里ちゃんみたいにコミュ力がある人だったら、きっと満面の笑みで「今日も暑いですねー」なんて一言添えられるだろう。
でも、私はせいぜい精一杯の愛想笑いを作るくらいだ。必要最低限の会話しかできなくて、この後気まずい空気が流れることがある。
一瞬またこの流れか、と思ったけど、まやさんは関係を作るための社交的な会話をする訳でもなく「どうぞ」とだけ言って、私を部屋に案内しようとしてくれた。
その雰囲気から、まやさんもそんなに明るい人ではないことがわかった。もちろん、いい意味で。
だだっ広い玄関のすぐ側に、年季の入った木製の扉があって。反対側には、タイル造りの流し台がある。
私の家の作りとは全然違うなあ、なんて思いながら辺りを見回していると、まやさんが「その扉の向こうはトイレです」と教えてくれた。
これが古民家の間取りというものなのだろうか。と、あらためて玄関を見渡してから、
「おじゃまします」と言って玄関を上がる。
曇りがかったガラスの戸をガラガラと大きな音を立てて開けると、真新しいフローリングの部屋が顔を覗かせた。
その後真っ先に目に入ってきたのが、部屋の真ん中には謎の蓋だった。
これは一体なんだろうなんて考えながら眺めていたら、まやさんが謎の蓋を開けてくれた。そこには公園の砂場にあるようなサラサラした砂があるだけだった。
「これは囲炉裏です」
「いろり?」
「そうです。ここで火を焚くことができるんです」
「囲炉裏がある家なんて、なかなか珍しいでしょ」
どや!と言わんばかりの表情をしながら、茂さんが教えてくれた。
「囲炉裏って、あの『日本昔ばなし』にとかに出てくる、やかんを吊り下げるやつですか?」
「ええと、『日本昔ばなし』というのはよくわかりませんが、囲炉裏は火を焚いて暖を取ったり、料理をすることができるんです」
私の例えはかなり下手だったみたいでまやさんに全然伝わっていなかったけれど、やかんを吊るしてお湯を沸かしたり、串刺しにした魚を丸焼きにしたりするあれのことだというのは、あながち間違ってはいなかった。
ということは。
「うちの中でバーベキューができるということでしょうか」
「ふ、あはは!」
まやさんがポカンとした表情をしてから、突然吹き出した。
あれ?私の言ったことがそんなに面白かったのだろうか。茂さんの方を見たら、やっぱりまやさんと一緒に笑っていた。
「バーベキュー。うん、面白い発想ですね。大体は合っていると思います。ね、茂さん」
「はっはっは!間違いない!これはもう『囲炉裏がある古民家』じゃなくて、『室内でバーベキューができる家』でアピールした方が良いかもしれない!」
「こっちの方が若い人に来てもらえるかもしれませんね」
何のことを話しているのだろう。
私が怪訝な顔をしいると。茂さんがこの古民家が広すぎてスペースを持て余しているから、民宿にしようとしていることを教えてくれた。
これから始める古民家民宿のコンセプトや集客用のアイデアを考えているらしく、意外にも、この二人にはバーベキューという単語がしっくりきたみたい。
そういえば、海猫堂で誠司さん達と話している時にも、民宿とか何とか言っていたような。
「せっかく沙希ちゃんが来てくれたから、今夜は囲炉裏を使ってバーベキューをしよう!」
「良いですね。僕も久しぶりに囲炉裏を使いたいと思っていました」
「じゃあ決定!僕は磯崎さんにお土産を渡しがてら、炭をもらってくるから、沙希ちゃんに部屋を案内しといてもらえる?」
「わかりました。どこにします?」
「二階の空いている部屋が安全で良いんじゃない。この家、鍵無いし」
鍵がない?この家の治安は大丈夫だろうか。何て思っていたけれど、茂さんとまやさんの話はサクサクと進んでいく。
「そうですね。僕の隣の部屋が空いているので、そこに案内しますね。あの部屋、エアコンも付いていましたよね」
「そうそう。一番良い部屋だよ。沙希ちゃん、部屋は自分の家のように使って構わないから!じゃ、行ってきます」
「あ、ありがとうございます」
さっきまで長旅をしてお疲れのはずなのに、茂さんは自分のカバンの中からお土産のお菓子を取り出すと、そのまま勢いよく外に飛び出して行った。一番暑い時間帯だと思うけれど。茂さん、大丈夫かな。
「心配しないでください。いつもあんな感じですよ」
「え、そうなんですか」
「はい。特にお客さんが来ると、『ここでしか体験できないことをさせてあげるんだ!』とか何とか言って、釣ってきた魚を調理して食べさせてあげたり、地元のお祭りに参加して貰ったり……とにかく忙しなく動き回るんです。あの人、すぐに人に何かをしてあげたくなる性格みたいなんです」
「人に何かをしてあげたくなる……ですか」
「はい。しかも決して見返りを求める訳ではなく、本心でそう思っているみたいなんです。僕も茂さんのおかげで、ここにおいて貰っていますし、本当、感謝しかありません」
人の為に何かをしてあげると回り回って自分に返ってくる。だから人に何かをしてあげるんだ、という話をどこかで聞いたことがある。だけど、それは結局のところ自分の為に相手を利用しているような気がして、私はその考えが嫌いだった。
でも、それが当たり前のようにできなければ、人生が上手くいかない気もしたから、余計に絶望していた。
だから、本心で見返りを求めず相手に何かをしてあげる人が身近にいるということを知って、ただただ驚いた。
運動部に入っている男の子と比べると、頼りないようにも見えるけれど、かと言ってガリガリという言葉で表現するのはどうかと思う。
所々にはねている癖っ毛は、それがこの男の子のトレードマークに違いない。
「紹介するよ。この子がうちに居候している子。名前は、まやくん」
「はじめまして」
彼は礼儀正しいのだろう。深々とお辞儀をしてくれた。
「はじめまして。一ノ瀬沙希と言います。よろしくお願いします」
こういう時、絵里ちゃんみたいにコミュ力がある人だったら、きっと満面の笑みで「今日も暑いですねー」なんて一言添えられるだろう。
でも、私はせいぜい精一杯の愛想笑いを作るくらいだ。必要最低限の会話しかできなくて、この後気まずい空気が流れることがある。
一瞬またこの流れか、と思ったけど、まやさんは関係を作るための社交的な会話をする訳でもなく「どうぞ」とだけ言って、私を部屋に案内しようとしてくれた。
その雰囲気から、まやさんもそんなに明るい人ではないことがわかった。もちろん、いい意味で。
だだっ広い玄関のすぐ側に、年季の入った木製の扉があって。反対側には、タイル造りの流し台がある。
私の家の作りとは全然違うなあ、なんて思いながら辺りを見回していると、まやさんが「その扉の向こうはトイレです」と教えてくれた。
これが古民家の間取りというものなのだろうか。と、あらためて玄関を見渡してから、
「おじゃまします」と言って玄関を上がる。
曇りがかったガラスの戸をガラガラと大きな音を立てて開けると、真新しいフローリングの部屋が顔を覗かせた。
その後真っ先に目に入ってきたのが、部屋の真ん中には謎の蓋だった。
これは一体なんだろうなんて考えながら眺めていたら、まやさんが謎の蓋を開けてくれた。そこには公園の砂場にあるようなサラサラした砂があるだけだった。
「これは囲炉裏です」
「いろり?」
「そうです。ここで火を焚くことができるんです」
「囲炉裏がある家なんて、なかなか珍しいでしょ」
どや!と言わんばかりの表情をしながら、茂さんが教えてくれた。
「囲炉裏って、あの『日本昔ばなし』にとかに出てくる、やかんを吊り下げるやつですか?」
「ええと、『日本昔ばなし』というのはよくわかりませんが、囲炉裏は火を焚いて暖を取ったり、料理をすることができるんです」
私の例えはかなり下手だったみたいでまやさんに全然伝わっていなかったけれど、やかんを吊るしてお湯を沸かしたり、串刺しにした魚を丸焼きにしたりするあれのことだというのは、あながち間違ってはいなかった。
ということは。
「うちの中でバーベキューができるということでしょうか」
「ふ、あはは!」
まやさんがポカンとした表情をしてから、突然吹き出した。
あれ?私の言ったことがそんなに面白かったのだろうか。茂さんの方を見たら、やっぱりまやさんと一緒に笑っていた。
「バーベキュー。うん、面白い発想ですね。大体は合っていると思います。ね、茂さん」
「はっはっは!間違いない!これはもう『囲炉裏がある古民家』じゃなくて、『室内でバーベキューができる家』でアピールした方が良いかもしれない!」
「こっちの方が若い人に来てもらえるかもしれませんね」
何のことを話しているのだろう。
私が怪訝な顔をしいると。茂さんがこの古民家が広すぎてスペースを持て余しているから、民宿にしようとしていることを教えてくれた。
これから始める古民家民宿のコンセプトや集客用のアイデアを考えているらしく、意外にも、この二人にはバーベキューという単語がしっくりきたみたい。
そういえば、海猫堂で誠司さん達と話している時にも、民宿とか何とか言っていたような。
「せっかく沙希ちゃんが来てくれたから、今夜は囲炉裏を使ってバーベキューをしよう!」
「良いですね。僕も久しぶりに囲炉裏を使いたいと思っていました」
「じゃあ決定!僕は磯崎さんにお土産を渡しがてら、炭をもらってくるから、沙希ちゃんに部屋を案内しといてもらえる?」
「わかりました。どこにします?」
「二階の空いている部屋が安全で良いんじゃない。この家、鍵無いし」
鍵がない?この家の治安は大丈夫だろうか。何て思っていたけれど、茂さんとまやさんの話はサクサクと進んでいく。
「そうですね。僕の隣の部屋が空いているので、そこに案内しますね。あの部屋、エアコンも付いていましたよね」
「そうそう。一番良い部屋だよ。沙希ちゃん、部屋は自分の家のように使って構わないから!じゃ、行ってきます」
「あ、ありがとうございます」
さっきまで長旅をしてお疲れのはずなのに、茂さんは自分のカバンの中からお土産のお菓子を取り出すと、そのまま勢いよく外に飛び出して行った。一番暑い時間帯だと思うけれど。茂さん、大丈夫かな。
「心配しないでください。いつもあんな感じですよ」
「え、そうなんですか」
「はい。特にお客さんが来ると、『ここでしか体験できないことをさせてあげるんだ!』とか何とか言って、釣ってきた魚を調理して食べさせてあげたり、地元のお祭りに参加して貰ったり……とにかく忙しなく動き回るんです。あの人、すぐに人に何かをしてあげたくなる性格みたいなんです」
「人に何かをしてあげたくなる……ですか」
「はい。しかも決して見返りを求める訳ではなく、本心でそう思っているみたいなんです。僕も茂さんのおかげで、ここにおいて貰っていますし、本当、感謝しかありません」
人の為に何かをしてあげると回り回って自分に返ってくる。だから人に何かをしてあげるんだ、という話をどこかで聞いたことがある。だけど、それは結局のところ自分の為に相手を利用しているような気がして、私はその考えが嫌いだった。
でも、それが当たり前のようにできなければ、人生が上手くいかない気もしたから、余計に絶望していた。
だから、本心で見返りを求めず相手に何かをしてあげる人が身近にいるということを知って、ただただ驚いた。