僕が時間をぐだぐだと浪費している間に冬がやってきた。その年は例年よりも気温が低く、冬というより春に近い時期になっても寒い日が続いていた。
僕は寝起きでまだ眠い目を擦りながら、自分の部屋の窓を開ける。刺すような冷たさに一気に目がさめた。そして目の前の光景に目を奪われた。
「うわぁ、すごい」
窓の外は雪景色に変わっていた。
昨晩のうちに降り積もったようで、地面も、自転車や車も、すべてが真っ白に塗り替えられていた。
「ねえ、見なよゼロ。すごいよ、雪だ」
「雪?」
ゼロは僕の隣にひょこりと顔を覗かせ、窓の外の景色に目を向けた。僕はこの時のゼロの表情を、きっとこの先何があっても忘れることはできないだろう。
キラキラと輝く目は未知のものに対する好奇心に満ち、僕にはほんのわずかな時間とは言え、本当にゼロが人間の子供のように見えた。

僕たちはその日、朝食もそこそこに雪に覆われた町に探索に出かけた。
普段見慣れた景色が、雪というたったひとつの事象でここまでガラリと姿を変える。まるで異世界にでも迷い込んでしまったみたいだと思った。
「ゼロ?」
学校の近くを歩いていた時、ふと近くにいたはずのゼロがいないことに気がついた。
キョロキョロあたりを見回すと、歩いてきた道の途中にゼロが突っ立っていた。
僕は彼のところに駆け寄る。
「どうしたの?」
尋ねると、ゼロはフェンスに顔をくっつけるようにして何かを見ようとしていた。
「今日は誰もいないの?」
僕はゼロの視線の先に目を向けた。
フェンスの向こうには見慣れた広い校庭と校舎があった。
「今日はお休みだもん。誰もいないよ」
「そうなの?」
ゼロはキョトンとした顔で僕の方を見た。
その両目には、今しがた顔を押し付けていたフェンスの菱形マークの跡がくっきりとプリントされていた。
僕は思わず吹き出してしまう。
「あれ、ゼロと大輔じゃん。おーい」
声は僕らが歩いてきたのとは真逆の方向から聞こえてきた。振り向くと、マフラーとダウンジャケット、それから手袋といった完全防寒装備を施したミカちゃんの姿があった。
「こんなところでなにして…」
そこまで言いかけて、ミカちゃんもまたゼロの顔の間抜けな変化に気が付いたらしく、大いに笑い始めた。
自分がなぜ今そんなにも笑われているのか、ゼロはまったく知らなかったわけだけど、ゼロはゼロで、僕やミカちゃんが笑ってくれたことに対して満足しているようだった。
「今ふたりで雪の町を探検してたんだ。ミカちゃんも一緒に来る?」
「もちろん行く!」
僕たちは雪に覆われた町を、飽きもせずに歩き回った。もしかしたら、あの時にゼロはフェンスに顔をくっつけると僕たちが笑ってくれるという妙なインプットをしてしまったのかもしれない。その後も事あるごとに彼は例の菱形パンダ状態になっては僕らの前に現れ、盛大に笑われることになった。

 ヘトヘトになって家についたのはもう夕飯の用意が出来ているような時間で、僕もミカちゃんもお腹が減っていた。
おかあさんがミカちゃんも夕飯よかったら食べていってと言ってくれたので、その日僕とミカちゃんは一緒にご飯を食べた。
和やかで、あったかくて、楽しい時間だった。
ずっと、こんな風にミカちゃんとゼロと三人で笑っていられたらいいのに。
そう思う気持ちを抑えることが、僕にはもう出来なくなっていた。