僕たちの秘密基地は、学校の生徒達から『裏山』と呼ばれる場所にあった。周りを背の高い木々に覆われた区域で、一度隠れてしまえばちょっとやそっとじゃ見つからない。僕らの秘密基地はそれこそ隠すようにそこに乗り捨てられていた、ボロっちい見た目のバンだった。
「ミカちゃんいる?」
ギィギィ軋むドアを開けると、中で寝転がりながら漫画を読んでいたミカちゃんと目が合った。
「あれ、ゼロは?」
「いつも一緒なわけじゃないよ」
ミカちゃんは僕を一瞥すると漫画を閉じ、パーティー開けしていたお菓子の袋を示した。
「とりあえず、これ食う?」
僕は無言でうなずいた。

「大人ってなんでも難しく考えすぎるとこあるよねぇ」
それが先程のおじさんとの会話を伝えた時のミカちゃんの感想だった。
小学六年生に上がってからだろうか、時々ミカちゃんは大人びた発言をするようになった。
そういうとき、僕はどきりとさせられる。
まるで目の前にいるのが僕の知ってるミカちゃんではなく、似ているけどまったく別の誰かなんじゃないかと思うことさえある。
そんなわけないのだけれど。
「デジタルネイティブだろうとアナログネイティブだろうと、考えるやつは考えるしさ、バカな奴はバカだよ。環境のせいにするのは大概弱い奴だし、多分まわりがなにしたって、それは変わんないんだよ。なのにそこにゼロを持ち出すっていうのは、なんか腹立つ」
ミカちゃんは思い切りしかめ面をしてそう言った。
「腹立つって?」
「だってそうでしょ?いのちの大切さを教えたいとか言ってさ、ゼロのことなんて無視もいいとこじゃん。全然大切になんか思ってない。そんなのって間違ってるよ」
「どうしてミカちゃんはそんなにゼロを気にするの?」
自分でもなんでそんな言葉が口をついて出てきたのか分からなかった。しかもそれはちょっとムッとした感じの響きを帯びていて、僕は自分で言った言葉に自分で驚きを感じ、まごついた。
ミカちゃんはミカちゃんで、ぽかんとして僕を見た。どうしてって言われても…と少し考えて、彼女は何かに思い至ったのかふっと笑みをこぼした。
「人間でも人間じゃなくても、大輔の友達を私は大事にしたいって思う。それだけだよ」
そのたった一言で、さっきまで自分の中にわだかまっていた嫌な気持ちはどこかにふいっと吹き飛んでしまった。
そして、今しがたの言葉が嫉妬の類の気持ちだったことに気付いてしまった。
でもそれがバレるのはなんだかカッコ悪い気がして、僕はごまかすみたいにちょっと食い下がった。
「まだ別に、ゼロとは友達ってわけじゃないんだけど」
「これから友達になるってことでしょ。それなら同じことじゃん」
ミカちゃんには敵わないなと僕はようやく負けを認めることにした。
「じゃあ、ミカちゃんが大事にしたいものを僕は大事にすることにする」
それは紛れもない僕の本心で、ミカちゃんは僕の言葉を受けて照れ臭そうに笑った。
「なんか、ややこしくなっちゃったなぁ」
僕もつられてへにゃりと笑う。
「そうだね」
「今度はゼロも連れてきなよ。今までは二人だけだったけど、期間限定でここを三人の秘密基地ってことにしよう」
「うん、わかった」
「じゃあはい、約束」
ミカちゃんは小指を立てて僕に向けた。
僕はミカちゃんの小指に自分の小指を絡めてゆびきりをする。
「ゆーびきりげーんまん」
楽しそうに歌うミカちゃんの小指は思っていたよりずっと細くて、ミカちゃんも女の子なんだななんて当たり前のことを僕は急に意識してしまった。
僕はぎこちなくならないように精一杯の注意を払って、そのあとの時間をやり過ごすことになる。
今思うと、多分あの時に僕ははじめて彼女を好きになったんだろうと思う。