帰宅すると、玄関に知らない大人の靴があった。父が仕事に行くときに履いていくのとちょうど同じようなやつだ。
「ただいまー」
僕は誰の靴だろうと思ったが、特に気にすることなくリビングに向かった。

僕はちょっと浮かれていたのだ。
ゼロを連れて行ったことで、僕はその日一日限定でクラスのちょっとした有名人となった。
みんなが僕に話しかけ、ゼロについて知りたがった。普段はなかなか話すきっかけのない、学年で一番かわいい吉野さんともおかげで話すことができた。
アンドロイドがいる生活も悪くないかもくらいには、その時きっと思っていたにちがいない。今思うとかなり現金な話だとは思うが、当時の僕はそれくらい単純な男だった。
そんな単純極まりない僕でも、なんとなく嫌な予感というのは感じとれるものらしく、リビングに入る扉を開けた時、どういうわけかそれを感じた。

リビングには母とスーツを着た男性の二人だけがいて、なにやら難しげな顔をして話をしているところだった。二人は僕の声に揃って顔を上げた。
「ああ、おかえり大輔」
母はなんとなく元気がなさそうで、僕は少し不安になった。
「大輔、ちょっとこっちに来なさい」
何か怒られるのだろうかと一瞬身をこわばらせたが、どうすることもできないのでとりあえず促されるままソファに座る。
僕の前には知らないおじさんが座っていて、母はなぜかそのまま席を外した。
「君が、佐藤大輔君かな?」
その知らないおじさんは、僕を見るなりそう問いかけた。優しげな物腰ではあったものの、どことなく何かを隠しているような、胡散臭い印象を僕は抱いていた。
「そうだけど、おじさん誰?」
「私はヒトロイド計画の担当者だよ。そこのアンドロイド君をきみの家に送り届けた者だ」
「じゃあ小倉のおじさんの知り合い?」
「ああ、そうだね。小倉さんに紹介してもらったのは私なんだよ。彼とはよく一緒に仕事をしているんだ」
僕はこの人との面識はなかったが、小倉のおじさんの知り合いならばきっと悪い人じゃないだろうと、ほっと胸を撫で下ろした。
「小倉さんから君の話を聞いてね、このプロジェクトにぜひ参加してほしいと思ったんだ。他はみんな抽選なんだが、君だけは選ばれた子なんだよ」
僕は一気に鼻高々な気持ちになった。
誰かから特別に選ばれるという経験は、この時が生まれて初めてのことだった。
おじさんはさらに話を進めた。
「それで、大輔君。君はこのヒトロイド計画について、ご両親からどこまで説明を聞いている?」
僕は今朝の一連のやりとりを思い出し、思わず言葉を濁した。母は多分すべてを話そうとしていたのだが、僕はそれを遮ってゼロを連れて逃げてしまったのだから。
「詳しくは…その…今朝…急がなきゃいけなかったから…」
おじさんは何か察したのか、なるほどと言って顎に手を当てた。
「それじゃ、私の方から説明させてもらおうか。君にはきちんとこの計画の内容を知っておいてもらう必要があるからね」
僕がきょとんとしながら見つめると、そのおじさんは長い長い説明を始めた。