「おはよ、大輔!」
後ろから思い切りどつかれて、僕は転びそうになるのをなんとか踏みとどまった。それは毎朝のことで、もはや日々の習慣となりつつあった。
「もう、それやめてってばミカちゃん」
「そういうお前はミカちゃんって呼ぶのやめろよなー」
昔はお人形遊びが好きだった幼馴染のミカちゃんは、いつの頃からか随分と男勝りに育ってしまった。当時よくミカちゃんママが昔は可愛かったのにとボヤいているのを耳にしたが、それについては僕もミカちゃんママに大いに賛成だと思っていた。
可愛らしい女の子というよりは頼りになる親分といった感じだった。
「ところで大輔、そいつ誰?」
ミカちゃんは僕と一緒にいるアンドロイドを興味津々といった様子で見ていた。
僕もそうだがミカちゃんも本物のアンドロイドを目の当たりにするのはその時が初めてだったのだ。
「テレビとかでやってるヒトなんとか計画でうちにきたロボ…じゃなかった、アンドロイドってやつ」
なんとかそう説明すると、今度は面白い玩具でも見つけたように目を輝かせる。
彼女は本能に忠実に生きているようなところがあった。
「へえ、こいつが。面白いじゃん。で?名前は?」
「え、名前?」
「そうだよ、名前。まさか聞いてないの?」
ミカちゃんに言われてようやく名前というものに意識が向いた。そういえば、名前ってあるのだろうか。識別番号とかそういうのじゃない、ちゃんとした名前というものが。
今更そんなことに思い当たって僕はなんとなく恥ずかしかったのだが、そうとは悟られないように至って平静を装ったまま僕はアンドロイドに質問した。
「君の、名前は?」
アンドロイドはやはりシリアル番号のような数字の羅列を口にした。
何度か言い回しを変えて尋ねてみたがダメだった。彼はやはりどう言い換えても同じ数字の羅列以外返してはこなかった。
どうやらこれが彼のなかでは名前という認識らしい。僕は困ったなと腕を組んだ。しかしミカちゃんはすぐに何でもないような顔をして「じゃあゼロで」と言った。
「え、なに?」
僕はミカちゃんにそう聞き返した。
ミカちゃんは唇を尖らせて抗議でもするように僕に言った。
「だって長くて覚えらんないし。だから最初の数字をとってゼロ。ね、覚えやすいし、呼びやすいし、いいじゃんゼロ。なんかほら、かっこいいし」
ミカちゃんは僕の意思なんてまるで無視してアンドロイドの顔を覗き込むと勝手に名前を教え込んでしまった。
「あたしはミカ。ミカコだからミカ。あんたはゼロ。いい?覚えた?」
アンドロイドはミカちゃんを指差し「ミカ」と言い、自分を指差して「ゼロ」と言った。
ミカちゃんはそれを見て満足そうに頷いた。
「なんだ、大輔より断然ゼロの方が頭いいじゃん」
僕はなんだか釈然としない気持ちでいっぱいになった。
せめてもの反抗として小さく「僕ん家のアンドロイドなのに」とぼやく。だがそれも「なんか言った?」と強めに返されると、途端に何も言い返せなくなってしまう。僕は咄嗟に「なんでもない」と答えることをいつのまにか覚えていた。それはもう反射みたいなものだった。
情けないと思いつつも、やっぱり今更変えられない僕の癖。
「ほら大輔、ボケっとしてないで行くぞ」
ミカちゃんは男の子みたいに短い髪をしていて、ゼロと並んで歩くと仲の良い男の子同士みたいだった。
でもこんなことを言うときっと殴られてしまうので、僕は余計なことは言わないように黙って2人の後に続いた。