僕もミカちゃんも沈黙していた。
ゼロは僕たち二人をじっと見つめて、やはり黙っていた。
バンの外には拡声器を手にしたあのおじさんのほかに、まだ何人かの大人達が待機しているらしく、静かな車内にもわずかに誰かの話し声が届いていた。内容までは判然としないざわざわとした音は、僕やミカちゃんの混乱した心を容赦なく引っ掻き回した。
「どうしようミカちゃん」
「どうしようって言ったって、選べる選択肢なんて二つしかないじゃん」
「でも僕、ゼロを殺すような真似、出来ないよ」
「そんなの、私だって!」
言い争ったところで状況は変わらない。
どちらにしても結論を下さなければならない。もう心が壊れてしまいそうだった。
僕もミカちゃんも限界だった。
その時だ。
「あのね。僕、二人とお話ししたいんだけど、いい?」
ゼロは僕たち二人に話しかけてきた。
その目は、この状況には不釣り合いなほど穏やかなものだった。
バンの中はしんと静まり返った。
僕たちは身動き一つせず、呼吸すらも忘れてしまうほど集中して、ゼロの次の言葉を待った。
「二人とも、僕のためにありがとう。でも…ごめん。僕、知ってたんだ。全部」
それにはミカちゃんが答えた。
「知ってた?全部って何を」
「今、外の人達が言ってたこと」
「それって、僕やミカちゃんがやってたことは無駄だったって知っていて、黙っていたってこと?」
上着の裾を握りしめて、ゼロは小さくうなずいた。僕もミカちゃんも半ば放心状態で、何を思えばいいのかわからなくなっていた。
どうしてという気持ちだけがずっと心にあった。
「ごめん。僕はプログラムされたものだから、全部知ってた。自分がこのさきどうなるのかも、二人が僕を救おうとどれだけ頑張ってくれても、僕の未来は変わらないということも」
「なんで黙ってたんだよ!」
珍しくミカちゃんが声を荒げて怒った。
僕も同じ気持ちだった。
それはそうだろう。ゼロのためにと思ってやっていたことのはずなのに、そのゼロ本人から裏切られたような気持ちだったのだから。
でも不思議なほどゼロは落ち着いていて、ほんのちょっとだけ寂しそうに笑い、そうしてこうも言った。
「ごめん。でもね、僕には変えられないんだ。なにがあっても被験者に干渉してはならない。これは僕のプログラムの中の最優先事項だから。僕はそれには逆らえない。でもね、多分そうじゃなかったとしても、僕はきっと言わなかったと思う」
「だから、なんで」
「知ったら二人とも、最後の時を気にして同じように接してくれなくなるんじゃないかって思ったら、こわくなっちゃった。人間は余命が宣告されると残り時間を気にして今まで通りではいられなくなるものなんでしょう?僕は最後まで二人といつもみたいに過ごしたかった。それだけなんだ」
僕はゼロに言われて初めてそのことを考えた。たしかに、最後の時がわかっていて、もうそれをどうしたって変えられないと知っていたら、僕もミカちゃんもゼロに対する接し方は変わっていたのかもしれない。もっとよそよそしくなったり、必要以上に優しくなったり。僕たちはゼロを助けることができると信じてたから今の今まで笑っていられた。
今まで通りに喋ることが出来たのだ。
「僕はね、二人と友達になれてすごく嬉しかった。胸のここんとこがね、いつもポカポカするような気がしてた。本当は停止ボタンがついているロボットとしてじゃなくて、君たちと同じ、人間同士の友達でありたかった。お菓子を一緒に食べたり、遊んだり、たまには喧嘩とかもして、そういう『人間の友達』がしているようなことを、二人と一緒に心から楽しみたかった。でも僕はアンドロイドだから、そんなことできないってわかってる。
だからせめて、最後まで二人といつも通りに笑っていたかった。本当に、それだけだったんだ」
涙を流すことができないというのは、感情を知覚したアンドロイドにとってどれだけ苦しいものなのだろう。きっと僕には想像すらもできないほどの苦痛に違いないと思った。
「僕は二人と出会えて本当に幸せだったよ。この地球上のどんなロボットより、僕は幸運なロボットだった。だからこのままリセットするんじゃなくて、ロボットとしての命も全部止めてしまうのもいいかもしれない。そうしたら生まれ変わって、今度は二人に人間として会えるのかもしれないし。
終わってしまった後のことなんて誰にもわかんない。何を選んだら正解で、何を選んだら間違いだったかなんて、そんなのは誰にも。
だから僕はどっちを選んでもいいんだと思うし、最後の選択は大好きな二人に託したい。どっちを選んでも僕は今の僕じゃなくなってしまうけど、僕がいたことはこの先だって何も変わらないから。僕はそれだけで十分幸せで、満足なんだよ」
僕もミカちゃんも、しばらくは狼狽えたまま結論なんて出せる状態ではなかった。
だけど、少しずつ気持ちが落ち着いていくにつれ、物事を冷静に考えられるようになっていた。
僕とミカちゃんはお互いの意思を確認し、うなずいた。