「大分変わっちゃったよね、このへんも」
壊されていく思い出を前にして、それでも平然と彼女は言った。
町の統廃合が進み、僕らの母校はついに廃校を迎えた。かつては子供達の声で溢れていたはずの空間も今はひっそりとしている。
地面のひび割れに自然と目がいく。
僕はそれから意図的に目を逸らした。
「変わっちゃったのは私たちも同じか」
「そりゃそうさ。人は変わるんだ」
「そうだね」
もうとっくに役目を終えたはずのフェンスはところどころに穴が空いていた。彼女はそこから覗き込むように向こう側を見ている。
まるで過去でも覗き込んでいるみたいに。
「どうしたの?」
「ん?ううん、ちょっと、なつかしくなって。あのとき何を見てたのかなって」
「え?」
「ほら、昔あの子、こんなふうにフェンスの向こうを見てたじゃない。フェンスの網の菱形の跡を目の周りにくっきりつけちゃって。パンダみたいで可愛かったなぁ、あれ」
「ああ、たしかに」
僕たちは笑った。
あの日々をこんな風に笑って過ごせる日が来るなんて夢にも思わなかった。
「くしゅん」
「大丈夫?」
「うーん、誰か私の噂でもしてるのかも」
「どうかな。でも、寒くなってきたのは確かだし、そろそろ行こうか」
「うん、そうだね」
僕は彼女に手を伸ばし、その手を握る。
彼女はほっそりとした指を絡めてきて、僕たちは俗に言うところの恋人繋ぎの状態になる。僕は未だにこれをちょっと気恥ずかしく思ったりもする。
「なに?」
見透かしたように笑う顔は憎たらしくもあり、それ以上に愛おしいと思った。
「なんでもないよ」
「えーなんでもなくないでしょ?絶対なんか言おうとしてたじゃん」
気になる事があると意地でも引き下がらないのは彼女の昔からの癖だ。
僕は別段変わらぬ調子で答えた。
ほんの少しだけ、緊張を帯びながら。
「ただ、あの馬鹿みたいな実験にも、ちゃんと意味はあったんだなと思ってさ」
彼女は一瞬ことばを失くし、ははっと小さく笑う。
「まあ、そうだね。少なくとも私達には意味があったよ。二人が三人になって、また二人になって、今もう一度三人になろうとしてる。変な話だけど、あの実験がなかったら私達はこんな風に一緒にはいなかったかもしれない。他の大半の幼馴染カップルみたいに破局してたかもしれないし、始まってもいなかったかもね。特別な友人のままで」
「まあ、たらればを言ったらキリないか」
「そうそう、大事なのは今だって」
その時、かつての校舎の方向からガシャンと大きな音が聞こえた。驚いて振り返るものの、遠巻きに見ている限りでは、さっきまでの光景と大きく差はないように見える。
彼女がまたくしゃみをしたので、僕はハッと我にかえった。
「さあ、今度こそもう行こう。風邪でも引いたら大変だ」
最後にもう一度だけ、過去の残骸ともいえる校舎だったモノを振り返り、僕らはそこをあとにした。