青井花火は夕闇に照らされる海を眺めていた。

 彼女にとって、こちらの世界に来てからの数週間は、信じられないほどに楽しい時間だった。

 花火に残っている微かな記憶の中に、こんな風に誰かと遊んで、笑顔で過ごしている姿は全くない。

 モヤに包まれている記憶の中だとしても、産まれた時から親に必要とされていなかったことはしっかりと自覚している。

 なんで完全に忘れて来れなかったのかと、花火は頭を抱えた。

 シングルマザーだった母は、幼い花火を置いて夜な夜な遊びに出かけていた。

 元より身体が弱く、頻繁に熱を出していた花火は何度も何度も高熱で気を失いそうになりながら親の帰りを待った。

 帰って来ても母は花火を気にかけることはなく、娘が高熱でうなされているのにも関わらず病院にも連れて行かず、薬も市販のものしか与えなかった。

 学校でもこれといった友人ができずに、孤独な生活を送っていた。

 地獄のような日々があまりにも記憶に焼き付いているのか、微かに覚えてしまっている。

 透化病にかかり、強制的に入院することになった時だって、母は迷惑そうな顔をするだけで心配する素振りなど微塵も見せなかった。

 もちろん、見舞いには誰も来ない。

 こんな風に誰にも必要とされず、誰にも見向きもさされず、ひっそりと死んでいくんだな。そう思っていた花火の前に、ある日突然来客が現れた。

 母やその他の人同様に顔は思い出せないが、その人は突然やって来て花火に生きる希望を与えてくれた。

 初めは心を開いていなかった花火だったが、毎日やって来て話してくれるその人に花火は次第に心を開いていった。それどころか、いつの間にかその人が来るのを待つようになっていた。

 その人が並行世界に行くことを勧めてくれたから、今花火は太陽達と出会えて幸せな時間を送れている。「残された時間の中で、後悔がないように、やりたいことを、思ったことを、全てやろうよ」そんなことを、言ってもらった覚えがある。

 もう少しだけ生きていたい。太陽達ともっと色んな景色が見たい。だけど、太陽達と会えなくなるのが本当に寂しい。

 そんな葛藤に、青井花火は支配されていた。