あれから二週間が過ぎた。もう一学期は終わって夏休みへと突入している。
この二週間で、僕達は大いに遊んだ。川に行ってバーベキューをしたり、花火が料理を学びたいというので、一緒に台所に立ったりした。一緒に食べたカキ氷は美味しかったし、映画館で恋愛映画を見てお互いに顔を赤くしたりもした。
立夏や清涼との中は急速に昔のように親しいものになっていった。
花火とも打ち解けることができて、今ではすっかり仲良くなっている。彼女と親しくなるにつれて、些細な変化にも気がつくようになった。その中でも目立つのが花火の時折見せる暗い感情が、より多くなっているということだ。
それに気がついていながら、僕は花火に何もできていない。彼女の力になれていなかった。
僕達は今、スタジオを借りてライブに向けて演奏の練習をしている。
みんなで曲を通して演奏する。音が幾重にも重なって身体中を響かせ、振動が内臓を揺さぶる。曲が終わった後も、身体が震えているのが分かった。凄まじい熱気が部屋中に漂っている。
「やっぱり狭い部屋で演奏すると耳がつまるな」
清涼がドラムスティックをくるくる回しながら呟いた。右目を閉じて右耳をトントン叩く。
「そのくらい我慢しなさいよ」
立夏は清涼に向かって言葉を放っている筈だが、彼女の意識はそちらにないようで、視線は花火の方へと向けられている。
まあそれも無理はない。最近の花火は元気がないからな。立夏はそれを気にかけているのだろう。
清涼も立夏が自分のことなど気にしていないと気がついているのか、暗い表情をしていた。
花火に元気がないのは仕方ないことだと思う。彼女の病気は現在進行系で進んでいて、その事実を知っている僕は気安く「元気出してよ」などとは言えなかった。
僕は彼女に喜びを与えなければならないというのに、何にもできていない。
花火は頬から滴り落ちる汗を拭おうともせずに、マイクに体重を預けるように立っていた。
彼女の瞳がどこを捉えているのか分かりにくい。まるで虚空を見つめているかのような生気のない瞳をしていた。
そんな花火の様子を見かねた立夏が声をかけた。
「花火ちゃん今のめっちゃ良かったよ! 今までで一番声が出てた!」
花火が顔を上げる。そして、生気のない笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。でもまだまだダメですね。もっと力強く歌えるはずです。もう一回通しでやりましょう!」
「うん! 分かった!」
立夏が元気よく答えてもう一度演奏が始まる。
僕達がフェスでやる曲に選んだのはRADWIMPSの楽曲だ。文化祭でやるなら日本語で盛り上がりやすく知名度の高いグループの方が良いだろうという意見からそうなった。
それからしばらく練習して、今日は解散という流れになった。
ライブまであと少ししかないということもあって僕達の間にはピリピリした空気が流れていた。そんなメンバーを気遣ってか、今日は立夏がやけにテンションを上げてくれていた。
いつもは元気な清涼も心なしか元気があまりないように見える。
立夏と清涼と別れてから、僕達二人だけの時間が訪れる。花火は俯きながら歩いていて、心ここに在らずといった感じだった。何か話題を見つけなければ。
「あのさ、花火」
僕が名前を呼ぶと彼女はガバッと顔を上げて「なんですか?」と首を傾けて笑顔を見せた。無理して笑ったような乾いた笑みだ。
「言いたくなかったら言わなくて良いんだけどさ、元の世界にはどうやって帰るつもりなの?」
以前、やり方は伏せると言っていた帰り方だ。秘密なのでわざわざ聞くこともためらわれたが、僕の頭では今これくらいしか話題が出て来なかった。
「あ、秘密なら全然言わなくていいんだよ」
「そんなことはありません。太陽くんに秘密なんてとんでもないですよ。太陽くんのことを信じていますから」
一瞬の間を置いてから花火が話し始める。
「いわゆる、パワースポットという場所で機械を作動させるんです。特別な方法とか暗号とかはありません。それじゃ私みたいな人間が機械を使えませんから」
「パワースポット? パワースポットってあのパワースポットのことか?」
まさかの回答に僕は思わず聞き返してしまった。そんな場所だなんて普通は考えもしない。
「はい。霊的に不思議な力がある場所や、精霊の力とか、神隠しとか、いわくつきの呪いの場所とか、なんでもいいんです。そこでエネルギーを満たした機械を作動させればいいんです」
「こっちの世界じゃ考えられないようなテクノロジーを使ってるんだね」
「私もどういう技術を使ってるのかはさっぱりなんですよ。見た感じこの世界と私の世界とではあまり違いがないように見えるんですけどね。でも、知らないところで違いはたくさんあるでしょうね。例えば、私の病気もその一つです」
花火の表情がだんだんと曇っていくのが分かる。
その顔を見て黒い感情が込み上げてきた。並行世界の話はしない方が良かったかもしれない。嫌でも彼女に病気のことを思い出させてしまうから。
僕は花火と出会ったことで、花火のお陰で、心を開くことができた。僕の硬く閉ざされていた心を、花火はこじ開けてくれた。
それなのに、僕はまだ花火に何もしてあげられていない。
「花火。絶対帰ろうな。生きて、帰るんだ」
俯きかけていた花火の瞳を見る。その瞳を見て、更に暗い感情が波のように押し寄せて来た。花火が帰ったら、もう二度と会うことはできない。今のように、彼女の瞳を見て話すこともできなくなってしまう。
僕にあっちの世界に行く手段はないし、花火はもうこちらの世界に来れないからだ。
「はい。ありがとうございます! もちろん…………です」
花火を少しでも元気付けようと言ってみたものの、花火の表情はちっとも明るくならない。
「じゃあ明日からまた練習だ。最近の花火はどんどん上手になってるから僕も頑張らないとな」
「あと少しで文化祭ですもんね。それまでに仕上げないといけません! 私ももっともっと頑張ります!」
この二週間で、僕達は大いに遊んだ。川に行ってバーベキューをしたり、花火が料理を学びたいというので、一緒に台所に立ったりした。一緒に食べたカキ氷は美味しかったし、映画館で恋愛映画を見てお互いに顔を赤くしたりもした。
立夏や清涼との中は急速に昔のように親しいものになっていった。
花火とも打ち解けることができて、今ではすっかり仲良くなっている。彼女と親しくなるにつれて、些細な変化にも気がつくようになった。その中でも目立つのが花火の時折見せる暗い感情が、より多くなっているということだ。
それに気がついていながら、僕は花火に何もできていない。彼女の力になれていなかった。
僕達は今、スタジオを借りてライブに向けて演奏の練習をしている。
みんなで曲を通して演奏する。音が幾重にも重なって身体中を響かせ、振動が内臓を揺さぶる。曲が終わった後も、身体が震えているのが分かった。凄まじい熱気が部屋中に漂っている。
「やっぱり狭い部屋で演奏すると耳がつまるな」
清涼がドラムスティックをくるくる回しながら呟いた。右目を閉じて右耳をトントン叩く。
「そのくらい我慢しなさいよ」
立夏は清涼に向かって言葉を放っている筈だが、彼女の意識はそちらにないようで、視線は花火の方へと向けられている。
まあそれも無理はない。最近の花火は元気がないからな。立夏はそれを気にかけているのだろう。
清涼も立夏が自分のことなど気にしていないと気がついているのか、暗い表情をしていた。
花火に元気がないのは仕方ないことだと思う。彼女の病気は現在進行系で進んでいて、その事実を知っている僕は気安く「元気出してよ」などとは言えなかった。
僕は彼女に喜びを与えなければならないというのに、何にもできていない。
花火は頬から滴り落ちる汗を拭おうともせずに、マイクに体重を預けるように立っていた。
彼女の瞳がどこを捉えているのか分かりにくい。まるで虚空を見つめているかのような生気のない瞳をしていた。
そんな花火の様子を見かねた立夏が声をかけた。
「花火ちゃん今のめっちゃ良かったよ! 今までで一番声が出てた!」
花火が顔を上げる。そして、生気のない笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます。でもまだまだダメですね。もっと力強く歌えるはずです。もう一回通しでやりましょう!」
「うん! 分かった!」
立夏が元気よく答えてもう一度演奏が始まる。
僕達がフェスでやる曲に選んだのはRADWIMPSの楽曲だ。文化祭でやるなら日本語で盛り上がりやすく知名度の高いグループの方が良いだろうという意見からそうなった。
それからしばらく練習して、今日は解散という流れになった。
ライブまであと少ししかないということもあって僕達の間にはピリピリした空気が流れていた。そんなメンバーを気遣ってか、今日は立夏がやけにテンションを上げてくれていた。
いつもは元気な清涼も心なしか元気があまりないように見える。
立夏と清涼と別れてから、僕達二人だけの時間が訪れる。花火は俯きながら歩いていて、心ここに在らずといった感じだった。何か話題を見つけなければ。
「あのさ、花火」
僕が名前を呼ぶと彼女はガバッと顔を上げて「なんですか?」と首を傾けて笑顔を見せた。無理して笑ったような乾いた笑みだ。
「言いたくなかったら言わなくて良いんだけどさ、元の世界にはどうやって帰るつもりなの?」
以前、やり方は伏せると言っていた帰り方だ。秘密なのでわざわざ聞くこともためらわれたが、僕の頭では今これくらいしか話題が出て来なかった。
「あ、秘密なら全然言わなくていいんだよ」
「そんなことはありません。太陽くんに秘密なんてとんでもないですよ。太陽くんのことを信じていますから」
一瞬の間を置いてから花火が話し始める。
「いわゆる、パワースポットという場所で機械を作動させるんです。特別な方法とか暗号とかはありません。それじゃ私みたいな人間が機械を使えませんから」
「パワースポット? パワースポットってあのパワースポットのことか?」
まさかの回答に僕は思わず聞き返してしまった。そんな場所だなんて普通は考えもしない。
「はい。霊的に不思議な力がある場所や、精霊の力とか、神隠しとか、いわくつきの呪いの場所とか、なんでもいいんです。そこでエネルギーを満たした機械を作動させればいいんです」
「こっちの世界じゃ考えられないようなテクノロジーを使ってるんだね」
「私もどういう技術を使ってるのかはさっぱりなんですよ。見た感じこの世界と私の世界とではあまり違いがないように見えるんですけどね。でも、知らないところで違いはたくさんあるでしょうね。例えば、私の病気もその一つです」
花火の表情がだんだんと曇っていくのが分かる。
その顔を見て黒い感情が込み上げてきた。並行世界の話はしない方が良かったかもしれない。嫌でも彼女に病気のことを思い出させてしまうから。
僕は花火と出会ったことで、花火のお陰で、心を開くことができた。僕の硬く閉ざされていた心を、花火はこじ開けてくれた。
それなのに、僕はまだ花火に何もしてあげられていない。
「花火。絶対帰ろうな。生きて、帰るんだ」
俯きかけていた花火の瞳を見る。その瞳を見て、更に暗い感情が波のように押し寄せて来た。花火が帰ったら、もう二度と会うことはできない。今のように、彼女の瞳を見て話すこともできなくなってしまう。
僕にあっちの世界に行く手段はないし、花火はもうこちらの世界に来れないからだ。
「はい。ありがとうございます! もちろん…………です」
花火を少しでも元気付けようと言ってみたものの、花火の表情はちっとも明るくならない。
「じゃあ明日からまた練習だ。最近の花火はどんどん上手になってるから僕も頑張らないとな」
「あと少しで文化祭ですもんね。それまでに仕上げないといけません! 私ももっともっと頑張ります!」