「それじゃあ行ってらっしゃい! 楽しんでくるんだよ!」
翌日、姉さんは玄関まで僕達を見送りに来てくれた。時刻は十二時半を過ぎようとしている。立夏や清涼達と海に遊びに行くところだ。昨日姉さんと話したように、僕は青井花火を助けるんだ。もう、失わないために、後悔しないために。
「じゃあ行ってくるよ。ほら、えっと……花火、行こう」
僕は彼女の名前を呼んで手を差し出した。ちょっと照れくさくて、頬をかいてしまう。
「あ、ありがとう……ございます……」
花火は一瞬だけ眼を見開いたが、すぐに僕の手を握ってくれた。
「気をつけて行っておいで!」
そんな僕達の様子を姉さんは微笑ましそうに見ている。
僕は空いている片方の手で姉さんに合図を出してから家を出た。
「うわあ。酷い暑さだね」
外に出ると、むわっというまとわりつくような熱気と、鋭い日差しに襲われた。
花火は姉さんに借りた麦わら帽子のポジションが定まらないのか、何回もかぶり直していた。
だが、かぶり直していたかと思うと、今度は急に帽子を顔の前に持っていって顔を隠してしまう。
「どうしたの?」
僕が聞いても彼女はかぶりを振るだけで何も言ってくれない。
まさか、と思う。
嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
僕は彼女と初めて会った時のことを思い出した。あの時、彼女は病気の発作に襲われていた。あの時の苦しんでいる花火の様子が、脳内を埋め尽くす。
もしかしたら、今もそれで苦しんでいるのかもしれない。ちらりと、脳裏にあの日の葉月の姿が浮かんでしまった。
もう、誰も失いたくない。
「どうした!? どこか痛いのか!? 苦しいのか!?」
気がついた時には花火の肩を掴んでいた。凄い剣幕になっていたかもしれない。でも、そんなの気にしていられなかった。
「ひゃっ! べ、別にどこか痛いとかそういうわけじゃないんです」
肩を掴まれた彼女は驚いてビクッと肩を弾ませた。そして、一歩二歩と後ずさると、右手をじっと見つめた。
良かった。でも、どうしたのだろうか。辛くないなら、なんで顔を隠したのだろう。
僕が胸を撫で下ろすと同時に、花火は口を開いた。
「ごめんなさい。私、ぼんやりとしか覚えてないんですけど、知っているんです。こんな風に、誰かに名前を呼んでもらったり、手を握ってもらったりしたっていう経験を、あまりしていなくて……だから、その……つい、嬉しくなっちゃいました」
そう言うと、彼女はふふっと笑みをこぼした。
「だからその、ニヤニヤと頬が緩んでいるところを見られたくなくて……」
どうやらそれが原因で、彼女は顔を隠したのだという。なんというか、凄く可愛らしい理由だった。勘違いしてしまったのが、恥ずかしいくらいだ。
「あの日来てくれたのが太陽くんで、太陽くんが助けてくれて、太陽くんに会えて、とっても良かったです」
この時始めて、花火と葉月が重なって見えなくなった。いや、正確に言えば重ねて見るのを辞めてしまった。一人の女の子として、僕は花火を見ていたんだ。
そして、本当に失いたくないと思った。それと同時に、気づいてしまう。
彼女のゲージが溜まったとしても、彼女はこの世界から消えてしまうと。そして、行ってしまったら最後、この世界には戻っては来られない。
今までは助けられれば良いと思っていた。そうすれば、過去を乗り越えられると思っていたんだ。だけど、こんな気持ちになってしまうなんて。こうなってしまったら、助けるだけじゃだめだ……。これから先も一緒に生きていきたいと、一緒にいたいと思ってしまう。そんな、叶わないことを夢見るようになってしまった。
どんな結果になろうとも、僕の負けが決まっている。こんな負け試合に、挑むだけ馬鹿らしいかもしれない。
でも、それでも、こんな風に誰かに必要とされて、感謝されるというのは、悪い気はしなかった。花火は、僕にそれを教えてくれた。
だから、どうせ離れ離れになってしまうなら、少なくとも彼女の命だけは救いたいと思った。それくらいしか、僕は彼女に残すことができない。
「こちらこそありがとうだよ。僕も会えて良かった。僕で良ければ、これから何度でも呼んであげるさ」
胸の奥に新たに生まれたもう一つの暗闇を抑えて、僕はもう一度彼女に手を差し出した。
「はい! よろしくお願いします」
翌日、姉さんは玄関まで僕達を見送りに来てくれた。時刻は十二時半を過ぎようとしている。立夏や清涼達と海に遊びに行くところだ。昨日姉さんと話したように、僕は青井花火を助けるんだ。もう、失わないために、後悔しないために。
「じゃあ行ってくるよ。ほら、えっと……花火、行こう」
僕は彼女の名前を呼んで手を差し出した。ちょっと照れくさくて、頬をかいてしまう。
「あ、ありがとう……ございます……」
花火は一瞬だけ眼を見開いたが、すぐに僕の手を握ってくれた。
「気をつけて行っておいで!」
そんな僕達の様子を姉さんは微笑ましそうに見ている。
僕は空いている片方の手で姉さんに合図を出してから家を出た。
「うわあ。酷い暑さだね」
外に出ると、むわっというまとわりつくような熱気と、鋭い日差しに襲われた。
花火は姉さんに借りた麦わら帽子のポジションが定まらないのか、何回もかぶり直していた。
だが、かぶり直していたかと思うと、今度は急に帽子を顔の前に持っていって顔を隠してしまう。
「どうしたの?」
僕が聞いても彼女はかぶりを振るだけで何も言ってくれない。
まさか、と思う。
嫌な予感が、背筋を這い上がってきた。
僕は彼女と初めて会った時のことを思い出した。あの時、彼女は病気の発作に襲われていた。あの時の苦しんでいる花火の様子が、脳内を埋め尽くす。
もしかしたら、今もそれで苦しんでいるのかもしれない。ちらりと、脳裏にあの日の葉月の姿が浮かんでしまった。
もう、誰も失いたくない。
「どうした!? どこか痛いのか!? 苦しいのか!?」
気がついた時には花火の肩を掴んでいた。凄い剣幕になっていたかもしれない。でも、そんなの気にしていられなかった。
「ひゃっ! べ、別にどこか痛いとかそういうわけじゃないんです」
肩を掴まれた彼女は驚いてビクッと肩を弾ませた。そして、一歩二歩と後ずさると、右手をじっと見つめた。
良かった。でも、どうしたのだろうか。辛くないなら、なんで顔を隠したのだろう。
僕が胸を撫で下ろすと同時に、花火は口を開いた。
「ごめんなさい。私、ぼんやりとしか覚えてないんですけど、知っているんです。こんな風に、誰かに名前を呼んでもらったり、手を握ってもらったりしたっていう経験を、あまりしていなくて……だから、その……つい、嬉しくなっちゃいました」
そう言うと、彼女はふふっと笑みをこぼした。
「だからその、ニヤニヤと頬が緩んでいるところを見られたくなくて……」
どうやらそれが原因で、彼女は顔を隠したのだという。なんというか、凄く可愛らしい理由だった。勘違いしてしまったのが、恥ずかしいくらいだ。
「あの日来てくれたのが太陽くんで、太陽くんが助けてくれて、太陽くんに会えて、とっても良かったです」
この時始めて、花火と葉月が重なって見えなくなった。いや、正確に言えば重ねて見るのを辞めてしまった。一人の女の子として、僕は花火を見ていたんだ。
そして、本当に失いたくないと思った。それと同時に、気づいてしまう。
彼女のゲージが溜まったとしても、彼女はこの世界から消えてしまうと。そして、行ってしまったら最後、この世界には戻っては来られない。
今までは助けられれば良いと思っていた。そうすれば、過去を乗り越えられると思っていたんだ。だけど、こんな気持ちになってしまうなんて。こうなってしまったら、助けるだけじゃだめだ……。これから先も一緒に生きていきたいと、一緒にいたいと思ってしまう。そんな、叶わないことを夢見るようになってしまった。
どんな結果になろうとも、僕の負けが決まっている。こんな負け試合に、挑むだけ馬鹿らしいかもしれない。
でも、それでも、こんな風に誰かに必要とされて、感謝されるというのは、悪い気はしなかった。花火は、僕にそれを教えてくれた。
だから、どうせ離れ離れになってしまうなら、少なくとも彼女の命だけは救いたいと思った。それくらいしか、僕は彼女に残すことができない。
「こちらこそありがとうだよ。僕も会えて良かった。僕で良ければ、これから何度でも呼んであげるさ」
胸の奥に新たに生まれたもう一つの暗闇を抑えて、僕はもう一度彼女に手を差し出した。
「はい! よろしくお願いします」