街の散策は無事に終わった。
僕達の通っている高校だったり、駅の場所だったり、近所のスーパーや昔遊んでいた公園なんかを一通り回ってから、僕達は別れた。
青井花火は、その間中、ずっと楽しそうにしていた。高校に着いた時には「ここが皆さんの通ってる高校ですかー」と羨ましそうに校舎を見上げていた。スーパーに行く時には、お使いを頼まれた時に忘れないように、簡易的な地図を作っていた。公園に入った時には、その公園で遊んでいた小学生に混ざって遊具ではしゃいでいた。
この街を散策している間に、青井花火のことが少しだけ分かった気がする。
そんな僕と青井花火は今、家で姉さんの帰りを待ってる。
「羨ましいです。太陽くんには素敵な友達がいるじゃないですか」
彼らとは友達なんかじゃないと言おうと思ったが、どうしても、言葉にすることができなかった。
「そうだよな。僕には少しもったいないくらいだよ。あいつらの気持ちに応えられないのに」
軽く微笑みながら、皮肉めいたことしか言えない。
「そんなことないですよ。太陽くんは今日、しっかり彼らの気持ちに応えてあげたじゃないですか」
青井花火が、身体を前にずいっと突き出して言う。
そうだ。結局僕は彼らからのバンドの誘いを断らなかった。
今まで徹底して関わり合いを断ち切ろうとしていたのに、青井花火に出会った途端これだ。
参加の決め手としては、やはり清涼の言葉が大きかったし、何よりも青井花火がそれに大きな喜びを感じていそうだったからだ。
「でもな。まさか文化祭の出し物としてステージに出演することになるなんてな」
「はい。とても緊張しますね。でも私、一度もこういう経験したことがなかったんで、楽しみです」
立夏と清涼はとても卑怯だったな。僕をバンドに誘ってから、文化祭の話をするなんてさ。
僕の学校の文化祭は少し変わっていて、夏休みの最中に文化祭が行われる。
文化祭のイベントの一つとして、有志で募ったバンド達によるフェスのようなものが行われる。それなりに規模の大きなフェスで、学校の軽音楽部はもちろん、他校だったり売れてないインディーズのバンドだったりを呼んだりするんだ。
後は、ごく稀に僕達みたいに即席のバンドも出たりする。でも、大体他のバンドはガチだから、それなりに赤っ恥をかくこともありそうだ。
でもそのフェスに目をつけた清涼と立夏が花火を入れて出演しようと言い出したんだ。
なんだか青井花火も気合が入ってしまったようで、断れるような雰囲気ではなかった。
それに、もしもそのフェスが成功したら、彼女の『喜び』の感情だって溜まるかもしれない。
その後僕達はまたバンドの話もしたいから近いうちに集まろうという約束をして、今に至る。
今では押入れの奥にしまってあるベースを思い出す。埃だらけの思い出と共に心の奥底に押し込んだベースだ。
それでも、今はそれに立ち向かえるような気がする。
とはいえ、学校であまり目立ちたくないのもまた事実だ。空気のような存在でいるのには変わりない。だから、当日は私服に覆面かなんかをかぶろうと思ってる。
たったの一日でどれだけ変わっているんだって話だ。だからこそ、今まで立夏と清涼を避けていたというのに。もう、気を許してしまった。
そんな風に考え込んでいると、ジリリリリと家に備え付けてある電話のベルが鳴った。
座っている位置的に、青井花火の方が電話に近かったためか、彼女は自分が気を利かせて電話に出るべきかどうか悩んでいるようだった。あたふたと身体を動かしている。
「僕が出るよ」
青井花火が我が家にいることを知っている人間なんてほとんどいないだろうし、余計な混乱を招くよりは僕が出た方がいい。
受話器を取って耳に当てると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「もしもし。太陽くんのお宅でしょうか?」
声の主は立夏だった。彼女が電話をかけてくるなんて珍しい。いったい何の用だろうか。
「あー立夏か。もしもし。僕だよ。太陽だけど、どうしたの?」
僕が立夏と口にすると、近くで聞いていた青井花火が瞳を輝かせた。
「あのさ、バンドのこともあるし、花火ちゃんとももっと仲良くなりたいから、明日みんなで海に遊びに行きたいなぁーって思ってるんだけど、来れない?」
海と聞いて昔みんなで遊んだことを思い出した。葉月の飛ばされた帽子を追いかけたり、海で水をかけあったりした記憶が、脳内を覆い尽くした。
「海……か……」
立夏も、昔みたいにワイワイやりたいということだろう。彼女達だって、青井花火に葉月の面影を見ているはずだから。
僕は少しだけ悩んだ。このまま海に行ってしまえば、僕はもう引き返せない。僕はもうかなり青井花火を好きになっている。立夏と清涼のことも、今まで距離を取っていた反発が跳ね返ってきたのか、今日の交流でかなり心を許してしまった。
こんな性格だからこそ、僕は今まで徹底してきたというのに。
そこで僕は視線をチラッと青井花火の方へと移した。
彼女は僕のこぼした海という言葉に反応して「海? もしかして海に行くんですか!?」と、分かりやすく嬉しそうにはしゃいでいる。
「私、誰かと一緒に行動するの、今日が初めてでした。友達と一緒に海で遊んだり、線香花火をやったりするの、夢だったんです」
彼女はゆったりと身体を揺らしながら、ふふっとだらしなく頬を緩めている。
そうだ。僕は彼女の『喜び』を溜めなければならない。彼女を無事に他の医療が発展した世界に送り届けることができれば、彼女を病気から救えれば、失わなくて済むんだ。
青井花火の喜びを満たすためにも、断るわけにはいかない。
僕は自分に言い聞かせるように頷いてから、口を開いた。
「分かった。行くよ。何時に集まる?」
僕がそう言うと、立夏は電話ごしでも分かるくらいに嬉しそうにしていた。
「わあ! ほんと!? やった! じゃあ明日の一時にいつもの場所ね、覚えてる?」
いつもの場所とは、僕達が幼い頃集まっていた場所のことだ。
「もちろん覚えてるよ。分かった。明日は楽しみにしてるよ」
「うん!」
「じゃあまた」
受話器を置いて、青井花火の方を向く。
「明日の一時からみんなで海に行くことになったよ」
僕がそう言うと、青井花火は手を上げて喜んだ。
「やった。あの時、清涼くん達のお誘いを断らなくて良かったです」
ここで言うお誘いとは、バンドのことではなく、散策について行ってもいいか? ということだろう。
「太陽くんの心が、少しでも開けばいいなって思ったんですよ。だから、バンドを組んでくれて、海に行くって言ってくれて、嬉しいです」
青井花火の屈託のない笑顔を見て、僕の中の何かが満たされていくのを感じた。
辞めて欲しい。そんな風に笑われては、本当に、彼女を失った時に立ち直れなくなってしまう。
僕達の通っている高校だったり、駅の場所だったり、近所のスーパーや昔遊んでいた公園なんかを一通り回ってから、僕達は別れた。
青井花火は、その間中、ずっと楽しそうにしていた。高校に着いた時には「ここが皆さんの通ってる高校ですかー」と羨ましそうに校舎を見上げていた。スーパーに行く時には、お使いを頼まれた時に忘れないように、簡易的な地図を作っていた。公園に入った時には、その公園で遊んでいた小学生に混ざって遊具ではしゃいでいた。
この街を散策している間に、青井花火のことが少しだけ分かった気がする。
そんな僕と青井花火は今、家で姉さんの帰りを待ってる。
「羨ましいです。太陽くんには素敵な友達がいるじゃないですか」
彼らとは友達なんかじゃないと言おうと思ったが、どうしても、言葉にすることができなかった。
「そうだよな。僕には少しもったいないくらいだよ。あいつらの気持ちに応えられないのに」
軽く微笑みながら、皮肉めいたことしか言えない。
「そんなことないですよ。太陽くんは今日、しっかり彼らの気持ちに応えてあげたじゃないですか」
青井花火が、身体を前にずいっと突き出して言う。
そうだ。結局僕は彼らからのバンドの誘いを断らなかった。
今まで徹底して関わり合いを断ち切ろうとしていたのに、青井花火に出会った途端これだ。
参加の決め手としては、やはり清涼の言葉が大きかったし、何よりも青井花火がそれに大きな喜びを感じていそうだったからだ。
「でもな。まさか文化祭の出し物としてステージに出演することになるなんてな」
「はい。とても緊張しますね。でも私、一度もこういう経験したことがなかったんで、楽しみです」
立夏と清涼はとても卑怯だったな。僕をバンドに誘ってから、文化祭の話をするなんてさ。
僕の学校の文化祭は少し変わっていて、夏休みの最中に文化祭が行われる。
文化祭のイベントの一つとして、有志で募ったバンド達によるフェスのようなものが行われる。それなりに規模の大きなフェスで、学校の軽音楽部はもちろん、他校だったり売れてないインディーズのバンドだったりを呼んだりするんだ。
後は、ごく稀に僕達みたいに即席のバンドも出たりする。でも、大体他のバンドはガチだから、それなりに赤っ恥をかくこともありそうだ。
でもそのフェスに目をつけた清涼と立夏が花火を入れて出演しようと言い出したんだ。
なんだか青井花火も気合が入ってしまったようで、断れるような雰囲気ではなかった。
それに、もしもそのフェスが成功したら、彼女の『喜び』の感情だって溜まるかもしれない。
その後僕達はまたバンドの話もしたいから近いうちに集まろうという約束をして、今に至る。
今では押入れの奥にしまってあるベースを思い出す。埃だらけの思い出と共に心の奥底に押し込んだベースだ。
それでも、今はそれに立ち向かえるような気がする。
とはいえ、学校であまり目立ちたくないのもまた事実だ。空気のような存在でいるのには変わりない。だから、当日は私服に覆面かなんかをかぶろうと思ってる。
たったの一日でどれだけ変わっているんだって話だ。だからこそ、今まで立夏と清涼を避けていたというのに。もう、気を許してしまった。
そんな風に考え込んでいると、ジリリリリと家に備え付けてある電話のベルが鳴った。
座っている位置的に、青井花火の方が電話に近かったためか、彼女は自分が気を利かせて電話に出るべきかどうか悩んでいるようだった。あたふたと身体を動かしている。
「僕が出るよ」
青井花火が我が家にいることを知っている人間なんてほとんどいないだろうし、余計な混乱を招くよりは僕が出た方がいい。
受話器を取って耳に当てると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「もしもし。太陽くんのお宅でしょうか?」
声の主は立夏だった。彼女が電話をかけてくるなんて珍しい。いったい何の用だろうか。
「あー立夏か。もしもし。僕だよ。太陽だけど、どうしたの?」
僕が立夏と口にすると、近くで聞いていた青井花火が瞳を輝かせた。
「あのさ、バンドのこともあるし、花火ちゃんとももっと仲良くなりたいから、明日みんなで海に遊びに行きたいなぁーって思ってるんだけど、来れない?」
海と聞いて昔みんなで遊んだことを思い出した。葉月の飛ばされた帽子を追いかけたり、海で水をかけあったりした記憶が、脳内を覆い尽くした。
「海……か……」
立夏も、昔みたいにワイワイやりたいということだろう。彼女達だって、青井花火に葉月の面影を見ているはずだから。
僕は少しだけ悩んだ。このまま海に行ってしまえば、僕はもう引き返せない。僕はもうかなり青井花火を好きになっている。立夏と清涼のことも、今まで距離を取っていた反発が跳ね返ってきたのか、今日の交流でかなり心を許してしまった。
こんな性格だからこそ、僕は今まで徹底してきたというのに。
そこで僕は視線をチラッと青井花火の方へと移した。
彼女は僕のこぼした海という言葉に反応して「海? もしかして海に行くんですか!?」と、分かりやすく嬉しそうにはしゃいでいる。
「私、誰かと一緒に行動するの、今日が初めてでした。友達と一緒に海で遊んだり、線香花火をやったりするの、夢だったんです」
彼女はゆったりと身体を揺らしながら、ふふっとだらしなく頬を緩めている。
そうだ。僕は彼女の『喜び』を溜めなければならない。彼女を無事に他の医療が発展した世界に送り届けることができれば、彼女を病気から救えれば、失わなくて済むんだ。
青井花火の喜びを満たすためにも、断るわけにはいかない。
僕は自分に言い聞かせるように頷いてから、口を開いた。
「分かった。行くよ。何時に集まる?」
僕がそう言うと、立夏は電話ごしでも分かるくらいに嬉しそうにしていた。
「わあ! ほんと!? やった! じゃあ明日の一時にいつもの場所ね、覚えてる?」
いつもの場所とは、僕達が幼い頃集まっていた場所のことだ。
「もちろん覚えてるよ。分かった。明日は楽しみにしてるよ」
「うん!」
「じゃあまた」
受話器を置いて、青井花火の方を向く。
「明日の一時からみんなで海に行くことになったよ」
僕がそう言うと、青井花火は手を上げて喜んだ。
「やった。あの時、清涼くん達のお誘いを断らなくて良かったです」
ここで言うお誘いとは、バンドのことではなく、散策について行ってもいいか? ということだろう。
「太陽くんの心が、少しでも開けばいいなって思ったんですよ。だから、バンドを組んでくれて、海に行くって言ってくれて、嬉しいです」
青井花火の屈託のない笑顔を見て、僕の中の何かが満たされていくのを感じた。
辞めて欲しい。そんな風に笑われては、本当に、彼女を失った時に立ち直れなくなってしまう。