「まさか太陽が外にいたとはね、恥ずかしいところ見られちゃったよ」

 頬をかきながら、立夏はたはははと笑った。恥ずかしさを懸命に堪えているのか、頬が赤く染まっている。

「いやー完全に盲点だったわ。まさか向かいの駄菓子屋にいるとはな! そっちを全く気にしてなかったよ。めっちゃ恥ずかしいな」

 清涼も爽やかな笑顔を浮かべて立花の背中を叩いた。そんな清涼の手を立花は「やめてよ」と言って払っていた。

「あ、ああ……久しぶりに来てみよっかなって」

 対する僕はというと、ぎこちない笑みを作ることしかできない。

 立夏は「ところで」と前置きしてから話し始める。

「隣にいる女の子は誰なの? もしかして、知り合い?」

 僕に知り合いがいることがそんなに不思議だろうか。立花は訝しむように聞いてくる。まあ、無理もないだろうな。あれだけ仲の良かった自分達が避けられているというのに、この子は僕と仲良く駄菓子を食べているのだから。

 ここは何と答えるのが良いのだろうか。なにせ青井花火は自分が透化病だということを隠したがっているし、並行世界からやって来たということは口が裂けても言えるわけがない。だから、本当のことは絶対に言えない。

「あ、あの……私。太陽くんの親戚なんです。少しの間ここでお世話になることになりました。私がお願いして、この街を案内してもらおうと思ったんです」

 青井花火が、とって作ったような下手くそな笑顔で答えた。

「まあ、そういうことなんだ」

 僕もそれに便乗することにする。

「あー、そうゆうことなんだね! 私、打水立夏って言うんだ。よろしくね!」

 それを聞いた立夏は胸の前で手を叩いた後、青井花火に手を差し出した。

「はい。よろしくお願いします!」

 青井花火はその手を強く握りしめる。そして、小さな笑みをこぼした。

「それで、こっちのデカイのが長月清涼。私達、幼稚園くらいから仲の良かった幼馴染なんだよ」

 立夏は清涼の肩を叩いて青井花火に紹介する。

「よろしくね」

 紹介を受けた清涼が一歩前へ出て、青井花火の手を握った。

 一通りの紹介が終わった後、立夏が僕の前へとやって来る。

「昨日も誘ったんだけどさ。良かったら葉月のところに行かない?」

 立夏は腰の後ろで手を組んで、少しだけ腰を曲げた。座っている僕に目線を近づけようとしているのだ。

 何も知らない状態で彼女を見たらきっと緊張しているなんて伝わってこないだろう。だけど、家の前でのやり取りを見ていたから分かる。彼女は今、緊張している。笑顔が少しだけ硬い。

 緊張しているというか、僕に断られるのが怖いんだろう。僕が失うのが怖いように、彼女も僕に断られるのが怖い。それなのにどうして、彼らはその恐怖に挑戦していくのだろうか。

 僕はいつもの通り、答えるのに少しだけ考える素振りを見せる。

「んー。せっかくのお誘いだけど、ごめん。今日は彼女とこの街を散策するって約束しちゃったから」

 僕は右手で青井花火を示した。

「あー。そうだよね。私もなんか、ごめんね。何回も誘っちゃってさ!」

 立夏は胸の前で両手の指を合わせて乾いた笑みを浮かべた。彼女の心が傷ついているのが、見えてしまう。

「じゃあ、その散策にちょっとだけ俺達も付き合っていいかな?」

 そんな立夏の悲しい背中を見かねたのか、清涼が横から顔をにょきっと出して言う。こういうところが、こいつの良いところなんだろう。

「人数は多い方が楽しいさ。俺達がいれば説明の補足とかもできるからな!」

 その提案に、立夏が清涼の方を向く。清涼は立夏の後ろへと歩きながら、彼女の肩に手を置いた。まるで、俺に任せろというように。今度は、その手が振り払われることは無かった。

「花火ちゃんも、それでもいい?」

 話を振られた青井花火は、僕の方を向いた。少しだけ、困ったような顔をしている。しかし、少しの間があってから、彼女は何かを思い出したかのように一瞬だけ真顔になった。

「はい! 全然オーケーです! 行きましょう!」

 そして、その直後に元気よく返事をしたのだった。

 僕は正直、驚いた。彼女は人と関わるのが苦手だと言っていたからだ。

「おっ! ありがとう! じゃあまずは俺達も久しぶりに駄菓子屋行こうかな。その間に食べちゃっててくれ!」

「あっ私も行きます!」

 立夏に手で合図してから清涼は駄菓子屋の中へと入って行った。その背中を、青井花火が追いかけていく。

 僕はただ、それらに付いて行くこともなく、彼らの背中を見ているだけだった。