学校が楽しくないとか、何か悩みがあるとかそんなんじゃない。ただ、何か足りない。他者から見た誰かの瞳に夜景が写るように、私の目にも何か煌めく物が映っているのだろうか。ベランダから見えるのは雰囲気の欠けらも無い光り方をする電波塔と数軒の家の窓から漏れ出る電気だけ。浸ろうにも浸れない、逃避しようにも向き合うしかない平凡過ぎる日々。何もかもがどうしようもなくて、どうだっていい。「死にたい」とか「消えたい」とかいう感情さえ生まれなくなった私こそ、無関心というものであるのだろう。温い風に煽られて寒さを覚え、そそくさと足早にベランダから室内へ戻った。

これを始めたのも、足りない「何か」を補いたかったからだった。
「...私も大変だなぁ。」
自分を他者目線から褒めたり、見守るのが好き。自分を慰めて「可愛い、可愛い」ってする時間はお風呂でお湯が体全部に浸かっているくらい幸せになれる、気がする。
高校入学と同時に買ってもらったPCを慣れた手つきで開いて真っ先に見たのは動画サイトのコメント欄。第二の私、『key』へのコメントが画面いっぱいに表示される。
『相変わらずうますぎ!!』
『keyみたいに歌えたらどんなに楽しいんだろうな~』
『今回も楽しみにしてました!!いつもありがとうございます!!』
頬杖をついてだらだらと流し見していく。これは一種のファンレターだと思っている。どれだけ多くても自分に宛てられた分のコメントは全て目を通す。
『思いが歌に乗ってます...!!素敵✨』
「思いか...」
歌を歌う時の私は、どんな感情?...わからない、気づくと歌ってて気づくと歌い終わってる。それって、思いなの?思いって...何?
「んー、やめやめ。いちいち考えててもキリないっての。第一、ずっと探しても未だにその答えなんて見つかってないんだから。」
いつか私の答えを出してくれる人が現れるかもしれない。心の中で、誰かが‪本当の私への鍵を開いてくれるかもしれない。呆れ気味にそうは言っても心のどこかで期待している。
「...え...?」
ふと、目に映ったコメント。
『在り来りな歌い方すぎてつまんな。話題の歌姫って言っても所詮こんなもんかよ。』
『正直女子高生シンガーを肩書きにしただけって感じがするなぁ。個性が少しも感じられない。』
『二番煎じ乙』
いわゆるアンチコメント。今までの投稿でもいくつかあったけれど、全て無視していた。それ以上に評価のいいコメントが多かったから。
でも、今回は違う。
「なんで...なんでどこを探してもアンチがこんなにたくさん...!!」
『誰かの真似だろ』
『らしさがないよな』
スライドしてもスライドしても、出てくるのは批判ばかり。でも手が止まらない。頭が見たくないと拒んでも、手が見ることをやめさせてくれない。きっとそれも私自身が...
「嫌...嫌あぁ!!!!」
激しい頭痛と吐き気で私は倒れ込んだ。これはなにかの悪い夢だと頭に叩き込みながら。
『個性が少しも感じられない。』
『らしさがないよな』
「私...だって...わかってる...私らしさ...って...何...」
気絶する前に目に映ったのは、間違えて再生してしまった私の憧れのシンガーの歌だった。