先生との何気ない会話のおかげ……あるいは、人生初の釣りで意外なくらい気分転換ができたおかげもあってか、私は終わらない執拗ないじめに心を容赦なく削られながらも、なんとか耐え忍んでいた。
 あれから数日が経ち、いつも通り始業開始直前に学校に到着した私は、今日も何かしらの悪趣味な嫌がらせがされているはずの靴箱を見て硬直する。
 毎日こんな思いをするくらいなら……と靴を持ち帰ろうとした日も何度かあるが、そんな時は必ず奴らが見逃さない。川に流されたり誰かの家の屋根に放り投げられたりすることと比べたら、隠されたり落書きされたりする方がいくらかマシだ。
 まあ、あくまで比較したらの話だが……。

「…………あれ?」

 ごくりと息を飲み、震える手でゆっくりと開けた靴箱の中には――洗いすぎて色褪せてはいるが、何事もない状態の上履きが普通に置いてあった。

「……なんで……?」

 いじめが始まって以降、上履きが無事だった日はほとんどない。どうしようもない暇人なあのクズ共は、どんなに忙しくても近くのゴミ箱に捨てておくくらいは必ずしていた。私の記憶では、何もされなかったのは……たった三日だけだ。
 それは、ごくごく最近。そう、あの日は……。

「まさか……ね……」

 もしかして、という淡い期待に裏切られることには慣れている。だから独り言できっちりと否定し、心を無にして教室に入る。あの日と同様に珍しく朝礼より早く席に着くと、あの日と同様に憔悴した様子のクズ教師が静かに登壇し、細く長く息を吐いてから重々しく口を開いた。

「今日……あー……今日は……みんなに、えー……悲しい話がある…………」



 その日の授業も休み時間もつつがなく終了すると、私は誰にも絡まれず何にも脅かされず真っすぐ樹海へと行き、それから近所のコンビニに来ていた。

「ふふ~ふんふっふふ~~ん♪」

 誕生日なんか目じゃないくらいハッピーな気分の私は、周りの客を一切気にせず鼻歌交じりに商品棚を物色していた。
 私の情緒が再びバグった理由は一つ。昨夜、私をいじめていた奴がまた死んだのだ。そう、見事に死んでくれたのだ。一人目と同じように、自宅二階の窓から転落して。
 正直、あまりにも私の望みが叶いすぎて逆に怖い。私に突然、呪いや黒魔術の才能が開花したのかと錯覚しそうなくらい都合がよすぎる。実際、主犯格の最後の一人になったクズ女とクズ教師を含めたクラスの何人かは、まるで私が殺したんじゃないかと疑うような恐れるような失礼な視線を送っていた。
 でも、まあ、きっとあれだ。人生における幸運と不幸の割合は釣り合うようにできている、と聞いたことがある。つまり、これまでいじめられてきたという不幸が、必然的に同等の幸運によって相殺されたまでのことで、なるべくしてなった運命なのだろう。そうに違いない。

「よしっ……こんなもんかな」

 二人で食べきれるか微妙……というか無理めな大量のスイーツと数種類の飲み物を買って店を出る。

「う~っ、重い……調子に乗って買いすぎたかも……。公園まできっついなぁ」

 樹海に着いて早々、相次いだクラスメイトの不審な死を嬉々として語る私に対して、先生は私が欲しい笑顔と言葉で喜びを分かち合いながら「お祝いしよう!」と言って五千円をくれた。今まで私なんかの話を聞いてくれただけでも本当に救われていたのに、お金までもらうのはさすがに……と断ったのだが、柔らかい態度とは裏腹に鋼の頑固さを発揮した先生に折れて、最終的にはありがたく頂戴した。
 ――このお金は、これまでのお礼と一緒にいつかきっと返そう。
 そう心に誓って、私は先生の待つ公園へと向かった。


「やあ、お疲れさま。……っと、一緒に行けばよかったね、ごめんごめん」

 砂場で戯れる子供を微笑ましそうに見守っていた先生が、ふらふら歩く私に気付いて買い物袋を代わりにひょいっと持ち上げる。私は倒れるようにベンチに座り込んで、深々と息をついた。

「ふぅー……それにしても、公園でお祝いって……先生、意外と子供っぽいこと考えるね」
「まあ、お店だと気を張っちゃうかと思ってさ。それに、できるだけ屋外で太陽を浴びた方が心と体の健康にもいいんだよ」
「ふ~~ん……」

 いつも暗い樹海にいて、ほとんど運動もしてなさそうな華奢な体に真っ白な肌をしている先生が言っても説得力が……と思ったが、全てブーメランになっていると気づいて声には出さない。先生は素知らぬ顔で袋からペットボトルのジュースを取り出し、私に手渡す。