長い……とても長い、夢を見た。
夢の中の私は、なんかすっごく頑張って勉強して、なんか良い感じの大学に入って、そこでもなんか難しい勉強を頑張って、そしてなんやかんや苦難を乗り越えて、ついに憧れの職に就くことが出来た。
そこまでは順風満帆な人生を歩んでいたのだが、思っていた以上に仕事は大変で、私は失敗ばかりして何度も落ち込んでいた。
だけど、そんな時。同じ職場で働く先輩が、いつも親身になって相談に乗ってくれるのだ。その人とは偶然にも高校の頃から親交があり、私がその職を目指したきっかけもまた、その人だった。
私が一番辛かった時期に寄り添ってくれた人が、立ち直って成人となった今も変わらず支えてくれた。その励ましに元気をもらってコツコツと着実に経験を積んでいった私は、次第に仕事も上手くこなせるようになった。その人への恩も少しずつ返していき、二人で協力し合いながら年を重ねていく内に……私は、ふと気付いた。
あぁ、そうか……きっと私は……――
「良かった、すっかり元気になって。一時はどうなることかと心配したわ」
近所の総合病院の病室で、看護師のお姉さんが私の点滴を交換しながら嬉しそうにニコニコと笑って言った。
「あはは……すみません、ご迷惑おかけしまして」
手持無沙汰でぼんやりと外の景色を眺めていた私は、ぎこちない笑みでそう返した。
あの日……クズ女に刺されて気を失ってから、私は三日も目を覚まさなかったらしい。運良く臓器や太い血管は傷つかなかったのだが、少し血を流しすぎたとのことだった。つまり、適切な応急処置がなかったら命の危険があったかもしれないわけで、たまたま看護師である目の前のお姉さんが居合わせてくれなかったら……と思うと、本当に感謝の念は尽きない。
「もうすぐ退院出来るけど、あんまり無茶しないでね。傷口開いちゃうから」
「分かりました。あの……本当にありがとうございます、色々と」
「気にしないで。あの時は止血くらいで、私にはそんなに大したことは出来なかったんだから。それじゃ、何かあったら遠慮しないで呼んでね」
そう言って、お姉さんは気さくに手を振って部屋を出て行った。綺麗だがテレビくらいしかない殺風景な個室に一人ぽつんと残された私は、ペットボトルのお茶で乾いた喉を潤してから深い溜め息をついた。
「ふぅー…………」
二日前、病室のベッドで意識が戻り、お母さんとお父さんが泣きながら抱き着いてきた時……長い眠りで夢と現実がまだ判然としていなかった私は、ようやく「あぁ……あれは現実だったんだ」と実感した。
いきなり刺されたこともそうだが、何よりも先生が目の前で人を殺したことが、あまりにも信じがたい衝撃の出来事だった。
あれから、先生はどうなったのだろう?
お母さんもお父さんも看護師のお姉さんも、私を気遣ってだろうが、あの日のことは一言も口にしない。なので、私から聞くこともためらわれた。
……いや……違う。
本当は分かっている。聞くまでもない。理由がどうあれ、相手が誰であれ、先生は人を殺してしまったのだ。「私を守るためだった」「あの女は死んで当然のゴミクズだった」と、いくら私が訴えたところで、理不尽な社会は決して先生を許さない。
あんな奴のせいで……私のせいで……先生は仕事をクビになって、何十年も刑務所に……そう思うと、頭がおかしくなりそうだった。
「…………知らなくちゃ……」
現実を突きつけられるのがどうしても怖くて逃げていたが、いい加減ちゃんと知っておかなければいけない。私には、知る責任がある。
やっと重い腰を上げる決意を固めた私の背中を押すように、ちょうどお母さんとお父さんが揃ってお見舞いに来てくれた。そういえば、今日は二人とも仕事が休みだと言っていた。
「――お母さん、お父さん、あのね……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
夢の中の私は、なんかすっごく頑張って勉強して、なんか良い感じの大学に入って、そこでもなんか難しい勉強を頑張って、そしてなんやかんや苦難を乗り越えて、ついに憧れの職に就くことが出来た。
そこまでは順風満帆な人生を歩んでいたのだが、思っていた以上に仕事は大変で、私は失敗ばかりして何度も落ち込んでいた。
だけど、そんな時。同じ職場で働く先輩が、いつも親身になって相談に乗ってくれるのだ。その人とは偶然にも高校の頃から親交があり、私がその職を目指したきっかけもまた、その人だった。
私が一番辛かった時期に寄り添ってくれた人が、立ち直って成人となった今も変わらず支えてくれた。その励ましに元気をもらってコツコツと着実に経験を積んでいった私は、次第に仕事も上手くこなせるようになった。その人への恩も少しずつ返していき、二人で協力し合いながら年を重ねていく内に……私は、ふと気付いた。
あぁ、そうか……きっと私は……――
「良かった、すっかり元気になって。一時はどうなることかと心配したわ」
近所の総合病院の病室で、看護師のお姉さんが私の点滴を交換しながら嬉しそうにニコニコと笑って言った。
「あはは……すみません、ご迷惑おかけしまして」
手持無沙汰でぼんやりと外の景色を眺めていた私は、ぎこちない笑みでそう返した。
あの日……クズ女に刺されて気を失ってから、私は三日も目を覚まさなかったらしい。運良く臓器や太い血管は傷つかなかったのだが、少し血を流しすぎたとのことだった。つまり、適切な応急処置がなかったら命の危険があったかもしれないわけで、たまたま看護師である目の前のお姉さんが居合わせてくれなかったら……と思うと、本当に感謝の念は尽きない。
「もうすぐ退院出来るけど、あんまり無茶しないでね。傷口開いちゃうから」
「分かりました。あの……本当にありがとうございます、色々と」
「気にしないで。あの時は止血くらいで、私にはそんなに大したことは出来なかったんだから。それじゃ、何かあったら遠慮しないで呼んでね」
そう言って、お姉さんは気さくに手を振って部屋を出て行った。綺麗だがテレビくらいしかない殺風景な個室に一人ぽつんと残された私は、ペットボトルのお茶で乾いた喉を潤してから深い溜め息をついた。
「ふぅー…………」
二日前、病室のベッドで意識が戻り、お母さんとお父さんが泣きながら抱き着いてきた時……長い眠りで夢と現実がまだ判然としていなかった私は、ようやく「あぁ……あれは現実だったんだ」と実感した。
いきなり刺されたこともそうだが、何よりも先生が目の前で人を殺したことが、あまりにも信じがたい衝撃の出来事だった。
あれから、先生はどうなったのだろう?
お母さんもお父さんも看護師のお姉さんも、私を気遣ってだろうが、あの日のことは一言も口にしない。なので、私から聞くこともためらわれた。
……いや……違う。
本当は分かっている。聞くまでもない。理由がどうあれ、相手が誰であれ、先生は人を殺してしまったのだ。「私を守るためだった」「あの女は死んで当然のゴミクズだった」と、いくら私が訴えたところで、理不尽な社会は決して先生を許さない。
あんな奴のせいで……私のせいで……先生は仕事をクビになって、何十年も刑務所に……そう思うと、頭がおかしくなりそうだった。
「…………知らなくちゃ……」
現実を突きつけられるのがどうしても怖くて逃げていたが、いい加減ちゃんと知っておかなければいけない。私には、知る責任がある。
やっと重い腰を上げる決意を固めた私の背中を押すように、ちょうどお母さんとお父さんが揃ってお見舞いに来てくれた。そういえば、今日は二人とも仕事が休みだと言っていた。
「――お母さん、お父さん、あのね……ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」